15,
-------------
じりじりとアスファルトが焼けてゆく。葵はあまりの暑さに木陰は無いかと探した。
片道2.5キロを走ってくるには最低でも4,5分はかかるだろう。
選手にもなれば、恐らく驚きのスピードで走ってくるとは思うけれど、とりあえず見えてくるまではちょっと日除けをしようと決めた。

ちょっと緩いハーフパンツ型のジャージのゴムをきつく絞めながら、葵は軽くストレッチをする。
例え残り2.5キロを鷹島とゆっくり走るとは言え、久しぶりに走る体が持つかどうかは分からない。
万が一、柔軟不足で肉離れなどなったら嫌な夏休みのスタートだ。

因みに、ジャージは陸上部にあった予備のもの。
おかげで、ちょっと大きい。


(マラソンとか超久々…!できっかなー…途中で歩いても大丈夫かな…)


あまり運動は得意ではないので、ちょっと不安になる。
けれど、鷹島が一緒に走ってくれるなら大丈夫かな、と何となく安心できた。

一緒に走るなんて、想像もしていなかったので何となくまだ掴めていない。
鷹島が走っている姿は幾度か見たことはあるが、あまり興味が無かった且つ怖くてあまり関わりたくなかったので他人事だったのだ。

まさか、隣を走るとは。

何だか楽しみだ。


(そうだ!走りながら水族館の話すっか!あ、でも先生だから示しつかなくなる?)


どうしよっかな、と柔軟しながら考えていると、ふと皆が来る方向を見やる。
すると、早速先頭らしき人が高スピードで走ってきた。
中間地点の目安である人間が木陰に居ては意味が無い。葵は急いで立ち上がり、中間地点のところへ飛び出した。

走ってくる男子生徒、恐らく長距離組で1番足が速い先輩に両手を振って合図した。


「ここで折り返しっす!」

「おー…!」

「あと半分ファイトです!」


チャラい後輩がなぜか一生懸命応援してくれるので、その先輩は何となく照れ臭くなる。
軽く片手を振って、よりスピードを速めて行ってしまった。葵はその先輩に声援を送りつつも、後から走ってくる同級生や後輩にもエールを送る。
スポーツの応援は嫌いではない。
むしろ、元々誰かを応援したりするのは大好きである。

そんな葵の屈託の無い笑顔と応援で、走る選手達もどこか嬉しくなる。
チャラいだけの男かと思えば、意外な一面が見えて面白いなあと思いながら。


そして、後輩でも1番遅い選手と鷹島が一緒に最後尾で走ってきた。
葵も声をあげて「折り返しだよ!がんばれー!」とぶんぶん両手を振って応援する。
そんな葵の声援を受けて、後輩も何とか頑張ろうとペースを速めた。
後ろを走る鷹島も、葵の声援を受けている訳ではないが何となく嬉しくなる。

後輩が折り返し、しばらく走った後



「よし、じゃあ行くか」


「はーい」


鷹島と葵は少しゆっくり走っていった。
本当はぴったり後ろに着いたほうが良いのかもしれないが、葵は初心者。
鷹島は葵のペースに合わせながらも、最後の選手から離されないように調整した。

葵もあまり足を引っ張ってはいけないと危惧して、少々ペースアップ。


全部走る訳ではないらしい(途中で別のグラウンドで練習しているグループを呼ぶため)ので、葵はちょっと無理しても大丈夫かなとスライドを大きくした。



夏の日差しがギラギラと2人を焼き付ける。
暑いっすねぇと葵は言いながら、垂れてきた汗を腕で拭った。

走るたびに揺れる金茶の髪が、日差しで透けるように輝く。
きらきらしている、と鷹島はぼんやり思いながら、葵と一緒に走るなンてよく分からない光景だなと心の中で笑った。

何だか、とても楽しい。



「あ、そうだ…水族館の事なンすけどっ」



すると、葵が表情さえもきらきらさせて鷹島を見つめる。

水族館行きがそんなに嬉しいなンて、と鷹島は思いながらも「ああ、どうした?」と答えた。

葵はちょっと笑って答えてくれた鷹島に、何だか嬉しくなってルンルン気分でペースを上げる。


「ちょっと遠いけど、海の近くに出来たアクアマリン?って所で白イルカが見れるンすよー」

「白イルカ!?白いのがいるのか…」

「えー?知らない!?超可愛いンすよー…!あの、つぶらな瞳が!」


普通のバンドウイルカの白いバージョンしか鷹島は想像できないが、「じゃあそこにするか」と答える。鷹島も白いイルカには興味があるのだ。
一体どんな物体なのか。

葵は嬉しくて「やったやった」と跳ね回る。
この暑いのに体力はあるのか、と鷹島は思った。


「お前なー一応あと1.5くらいあんだから…」

「1キロ走ったンだ!うわー話してると結構楽かも」


葵の言うとおり、ジョギング気分で話しながら走っているので幾分か楽である。
じゃあもう少しペースを速めても大丈夫か、と鷹島は思いながらスライドを少し大きくした。
最後尾の生徒が見えてくる。

彼に声をかけながら、2人で走る。
さすがに疲れてきたのか、息が切れてくる葵に「あと少しで第2グラウンドだから」と勇気付ける。
さすが顧問の先生だ、と葵はよく分からない感心をしながら精一杯腕を振った。


遠くでミンミンゼミが鳴く。何度か途切れて、また鳴くの繰り返しを聞きながら葵はほとんど無我の境地で走り続けた。


「よっし…大丈夫か、斎藤。もう着いたから歩け」

「は、はい…」


気づけば第2グラウンドに辿り着いていた。
鷹島は校舎側のグラウンドまで走って長距離組や、他のメンバーのダウンをさせるらしい。
なので葵は、第2グラウンド組と一緒に歩いて帰ってくることを命令された。

その方が、葵の体力的にもありがたい。

ちゃんと水分取れよ、と鷹島は葵の疲れきった表情に不安を感じながら走り去ってゆく。

幾度か荒い呼吸を整えようと、深呼吸をする葵。
ゆっくりふらふら歩きながら何とか第2グラウンドのフェンスをくぐった。


「あ!臨時マネじゃん!っつーことは終わり?」


すると、幅跳びの道具を片付け始めていた1人の生徒が嬉しそうに駆け寄ってくる。
葵は安心したのか「そうだよー」と言いながら、ふらふらその場に座り込んだ。

「あー…長距離組と走ってきたのかァ」

「それはお疲れだねー、普段は長距離経験してた莉子先輩がやってるし…ポカリ飲む?」


あまりにも疲労困憊している葵を心配して、周りから人が集まってきた。
暖かい対応に、葵は嬉しくなって「ありがとー…」と力弱くお礼を呟く。
そんな葵が健気でより心配になる面々。


何とか水分補給をしてもらおうと、1人が急いでポカリを持って来た。

乾いた喉にとてもありがたい飲み物。



しかし、なかなか口に運べない。
運ぼうとすると、一気に気持ち悪くなって吐き気に襲われた。
だがそれが、段々連続的になり、何もしなくても吐き気と悪寒が一気に内臓から押し寄せてくる。


「…気持ち、悪い…」


頭もガンガン痛くなってくる。
まるで鉄のハンマーか何かで頭蓋骨を直に叩かれるかのよう。その痛みと先ほどからの吐き気が眩暈を作り出す。

ぐらぐらと頭が船をこぐ。
しかしそれは無意識だったため、葵はとにかくポカリを飲もうと無理やり口につけた。

だが、飲み込もうとすると喉が拒否して口の中に溜まっているだけ。

すると、さすがに周囲の心配も究極になってきた。


「…だ、大丈夫?顔色悪すぎじゃね?」


大丈夫だよ、と葵が言おうとする。
しかしそれは掠れて音にもならず、葵の目の前は一気にブラックアウトした。

自分が倒れこんだ、ということに気づく前に一気に飛んだ意識。


最後に、とても遠くで色んな人の叫び声や、慌てる声が聞こえた。





「じゃあ第2組が来るまでストレッチしろー」

その頃、校舎のグラウンドにたどり着いた鷹島は、タオルで汗を拭いながら皆に命令した。
ちょっぴり葵が心配になったが、第2の生徒達がいるから大丈夫だろう。
そう思いながら自分もストレッチを始めようとした。


すると、校門からバタバタと1人焦った生徒が走ってくるのが横目で見えた。
よく見れば、第2組の1人であの中では一番足が速い。

その彼が息を切らしまくって、鷹島の元へ。
一体何だと鷹島が眉間に皺を寄せる間もなく、彼は叫ぶように伝える。


「せ、先生っ…!斎藤くんが、倒れた!」



すげぇ顔色悪くて!息もほとんどしてない!必死に鷹島に伝えた。
葵は今、何とか日陰に横たわらせて、濡れタオルを額に当てたり、熱中症の場合の処置をされたりしているらしい。
それでもぐったりしている、と彼が伝える前に鷹島は全速力で第2グラウンドへと向かった。


生徒達も見たことが無い全速力のスピード。
足も長いのでストライドが大きく、すぐにでも着くんじゃないかと思った。だが、本人はただひたすら早く早くと願うばかり。


(なんで、何で俺は気づかなかったンだ…!もっとペースを遅くすれば…!)


後悔ばかりが先立つ鷹島。
葵に体力があまり無いんじゃないかと思っていたが、予想以上だったのだ。…あの体つきを見れば分かるはずなのに、自分は葵と走れて浮かれてしまったのだ。


ギリギリ、と歯軋りをしながら鷹島は第2グラウンドへと駆け込む。


息を切らしながら、人が集まっている木陰に周囲の目など気にせず割り込んだ。


「斎藤!」


鷹島が来て、近くに居た生徒達はその気迫に驚いて退く。
周りなど見えない鷹島は、ぐったりと横たわる葵を見て青ざめた。


熱中症は死に繋がる。



いつも元気で、へらへら笑う葵とは全く違う表情。一気に死がリアルに思えた。
急いで来たので、校医に連絡をしていない…というより夏休み中なので居ない。
鷹島は辺りの生徒を見て、若干不真面目そうな男子生徒に、


「携帯!携帯あるか!?」


と聞く。
この緊急事態だ、持ってきていても咎めている場合ではない。

案の定、男子生徒は慌ててタオル置き場に走り、隠し持っていた携帯を持って来た。

鷹島はそれを奪い取るように受け取り、119を押した。恐らく搬送先は学校近くの診療所だろう。その診療所はここから徒歩10分程度。3,4分ならばきっと間に合うはず。

携帯を投げ捨て、鷹島は葵の口元に耳を近づける。
息は若干ながらしているようだ。気道確保の必要性はあまり無い。
とにかく、熱くなったであろう体を冷やすために、宛がわれたペットボトルを大動脈周辺に移動させる。


聞こえてきたサイレンの音に、皆ざわめき出した。斎藤くん大丈夫かな、と心配する声も多い。
そんな中で鷹島だけが、ただ無言で葵をじっと見つめる。




『白イルカ可愛いンすよ!』




そう言って笑う葵を思い出しながら。



(頼む…またそうやってバカみてぇなこと言えよ…)



ミンミンゼミの声が止まる。
夏の間の短い寿命を終えたのか、それともただ夕方だから鳴くことを止めたのか。もしくは、誰の耳にも入らないからか。



サイレンの音が乾いた空気に響き渡る。

- 36 -


[*前] | [次#]

〕〔TOP
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -