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律儀に働く臨時マネ・葵をちらちら見やる鷹島。
一緒に走っている生徒は気づいているのだが、
葵はドリンク補充や道具の整理で忙しく鷹島に1ミリも気づかない。

しかも、葵は結構不器用なので周りの生徒達がちょいちょい手伝っていた。
元々葵はチャラいだけで、人当たりは良い。
もう既に陸上部の面々と仲良くなっていた。

生徒達が分け隔てなく仲良くすることは、鷹島も望ましい。
教師として、子ども達がいじめもなくのんびり過ごせることは、特に。
けれども、葵が陸上部の面々(特に女子)と仲良くしていることは何だか心に引っかかったのだ。
普段から葵は多くの友人と仲良くしているというのに、何故か。

やっと400を走り終え、一旦インターバルとして歩く。
いつも鷹島は最後まで付き合うのだが、どうも葵が気になって仕方ない。
案の定、スターターのやり方が分からず困っていた。
これはチャンスとばかりに、鷹島は葵の元へダッシュする。
後ろで見ていた長距離組は「鷹島先生…」とちょっと生暖かい目で見つめた。
教師が生徒、しかも男にそれらしい感情を抱いているとは誰も思わないけれど、
彼らは普段葵が鷹島に捕まっているのを見ているので、
普段から「鷹島先生って齋藤君のこと(嫌な方向に)贔屓してるよな」と噂していた。
今回もそういった心境。


「あれ…?鉄砲みたいに打つンだろこれ…あれ?」

カチカチとやっているが、火薬の入れ方を今ひとつ分かっていないので掠り放題。
さすがにいつまでもスタートの姿勢を保っているのは辛いので、短距離の生徒が代わりにやろうとした時、


「ほら、貸せ。…ちゃんと火薬の丸い所に当てねぇと鳴らねーよ」

ひょいと鷹島がスターターを取り、葵の代わりに手馴れた調子でセットした。
やってみろ、と渡すと葵は何度か鷹島を見て、はにかむ。

そして、空いた手で耳を塞ぎ。

「じゃ、ごめん待たせて…よーい、」

待たせてしまった短距離の生徒達に謝ると、一呼吸置いて鳴らした。
パァン、と乾いた音がグラウンドに響き渡る。
音がした瞬間、ロケットが飛び出たように走り出す生徒達。
数秒でゴールに着く姿を見送った後、葵はやけにきらきらした顔つきになっていた。


「ほら、次の来るから火薬セットしてみろ」


そうしないと、ゴール地点にいる冬香が次は「遅い!」と怒るかもしれないから。
葵は慌てて火薬を先ほど言われたようにセットする。
しっかり押し込んで、準備が整った生徒を見てはまた先ほどと同じく合図し、鳴らす。

する度に葵が、隣にいる鷹島を見てはにかむものだから
鷹島は長距離の生徒の所へ戻るタイミングを失った。


葵は、何となく鷹島に教えられて出来たことが嬉しかったのだ。
それと、初めてスターターというものを使った感動と、
自分の合図で真剣に走り出す彼らを見ての感動も相まって。

幾度か練習すると、短距離チームの代表者が「じゃあ計り終わったから次はインターバル行くぞ」と汗を流しながら合図した。
こんなに暑い中で走り続けるなんて、凄いなあとしみじみ感激する葵。
自分には絶対無理だ、とちょっと落胆もしながら。


「じゃ、齋藤君スターターありがとな。あと、鷹島先生は後ろに気をつけて!」


すると、代表者がけらけら笑って葵に礼と鷹島に忠告をする。
周りの生徒達も笑いながら、代表者の後に続いてインターバルへと向かっていった。
そんな彼らを不思議そうに見る葵と鷹島。その背後に、般若が立ちはだかっていることをまだ知らない。


「…鷹島先生?長距離の人たちとロード行くンですよね?」


普段は可愛らしい声なのに、怒っているときは若干それを下回る声。
その恐怖の音色が、鷹島の背後から聞こえた。恐る恐る振り向けば、そこには笑顔を引きつらせている冬香。

「あ、坂本…」

まずい、と思った時にはもう遅い。
冬香はどっと怒りのオーラを身にまとい、鷹島待ちの長距離組を指差しながら、


「長距離組ほったらかして何やってんですか!!齋藤君には私が付いていますからひっつかないでください!分かりましたか!?」


一気に怒号を浴びせ早く行けとばかりに、おろおろする葵の腕をがしっと掴んだ。
鷹島は「別にひっついてねぇよ!」とちょっと反抗しながらも、これ以上冬香に怒られ周りの生徒に爆笑されては困るので慌てて長距離組の元へと向かった。
走り去る後姿を葵はぼんやり見守る。
そういえば、短距離のスターターをしていた時ずっと隣に居たなと今更実感した。何だか、とても嬉しくなる。


「齋藤くんごめんね、掴んじゃって」


すると、冬香が掴んでいた手をぱっと放し、へらっと笑って謝ってきた。
確かに、掴まれた瞬間痛みは走ったが、鷹島に頭を鷲みにされるよりは断然優しい。
葵は「気にしてないよ」と告げれば、冬香はぱぁっと笑顔になり「じゃあ次の仕事行こうか!」と更に仕事を追加した。
部活が終わるまで、マネージャーも休みというものは無いのだ。
タフだなぁと葵は感心しながら冬香の後ろを着いていく。

ふと、葵は後ろに並んで気づいた。


(…さ、坂本さんのが背が高い…!?)


葵は164センチと小柄。その事実は認めたくないが、重々承知している。
しかし、見る限り冬香は葵より若干高い。
恐らく168センチはあるだろう。
スラリと伸びたスタイルは、モデルになってもおかしくはない。そんなことよりも、葵は女子…しかも美少女に見下ろされるなんて屈辱極まりなかった。
特に、周りに知られてしまうなど極み。

葵はちょっと冬香から離れて、ドリンク作りへと向かった。次の休憩のための補充である。


「そういえば、齋藤くんって何で鷹島先生と一緒にいたの?」


一緒にドリンクケースに作ったアイソトニック飲料を流し込んでいると、冬香が疑問を投げかけてきた。
葵は「え?」と疑問を打ち返す。それは考える猶予をくださいの現れだ。

(ええ…約束したからってのもおかしいし…なんだろ…)

答えを待つ冬香の視線から目を逸らし、葵は必死に考えた嘘を吐いた。


「えっと…会いたかったから?なーんてね!」

「そう…それ、部員の前で言ったらきっとからかわれ放題だよ」

「うっ」


えー?齋藤くんったら鷹島ちゃんにゾッコンラブ?禁断
だらけとか凄くね?鷹島ちゃんどうするの?どうしちゃうの?と、葵と鷹島を取り囲んでからかう彼らを安易に想像できた。
ぞっと背筋が凍る。そんなことになったら、これからの学校生活は真っ暗闇だ。

葵はぶんぶんと首を横に振って「それはない!」と答える。
おかげで冬香はそれを「お礼参りか…」とよく分からない方向に受け取ったのだが。葵が鷹島相手にそんなことを出来るはずがない。

(これは…水族館なんてもっと言えないな)

教師と生徒が夏休みで2人きりで水族館など、親しいにもほどがある状況。
絶対に言えない、と葵は心に誓って、尚且つ鷹島にも内緒だと伝えないとと決めた。
ついでに時間など決めようと思った瞬間、2人で水族館という想像をし始める。

きっと鷹島は「あの魚知ってるか」とちょっと意地悪なことを聞くかもしれない。けれど、何だかそれがとても楽しそうで、葵は小さく微笑んだ。
そんな葵を不思議に思いながら、冬香は手早く全員分のドリンク補充を終わらせた。


「はい、20分休憩でーす。ドリンク取ってってね」


特にこれからロードの人は十分取ってね!と冬香はアドバイスする。
可愛い子に頑張ってと毎回言われるなんて、陸上部はいいなあと葵は思うも、相手が冬香なのでちょっと複雑。

葵も一応、色々な人に「あと2時間だっけ…?だから頑張ってねー」と声をかけながらタオルを配った。
すると、長距離組に居た高木がふと提案する。


「齋藤君も一緒にロード行く?」


長距離組は皆驚いて高木の方を向くも、マネージャーも一緒に走るのはちょっと嬉しい出来事だと同感する。後ろから応援されるのはとても嬉しいことなのだ。
しかし、鷹島はちょっと複雑そうな顔をして、


「いや、…他の仕事があるだろ」


臨時でやってもらってるンだから贅沢を言うな、と高木を咎める。しかし、冬香はあっけらかんと、

「ロード行くときは誰か1人着いていかないとね!齋藤
君お願い!」


承諾してしまった。鷹島は「大丈夫か」と葵に声をかける。
この暑さでロードを走るには、基礎体力がしっかりしていないと危険なのだ。
葵はあまり運動していない。それは見た目からも分かる上に、鷹島は葵の身体を触って分かったのだ。
しかし、葵はにへらと笑って、


「大丈夫!何すればいいンすか?」


とあっさり承諾していた。
鷹島は大丈夫かと思いながらも、マネージャーなのであまり走らないから大丈夫かとほっと息を吐く。


「とりあえず…先に折り返しの所に行っててくれ。そして後から一緒に帰るだけだ」


ただ、長距離選手達のペースにはさすがに追いつかないだろうから、俺と一緒に帰ろうと約束する。
葵は「一緒に帰る」ということがちょっと嬉しくなって何度も頷いた。

「じゃあ、ロード行くぞ。今日は暑さがやばいから5キロだな」

いつもは何キロやってるんだ?と葵は思いながら、先に折り返し地点に行くために、鷹島に教えられた所まで歩いていった。
折り返しは通学路にある交差点の前。
葵は「じゃあ待ってるから頑張れよー」と茶化しながらちょっと小走りで向かった。

それを見送る長距離メンバー。ふと、高木が隣でそわそわする鷹島を見つめる。

「帰り一緒だから大丈夫でしょ」

先生は齋藤君の保護者じゃないんですから、と爽やかな笑顔で鷹島に告げる。
鷹島は「別に心配していない」とつっけんどんに言いながらも、やっぱり葵が気になってそわそわしまくっていた。

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