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「先生、動物だったら何が好きっすか?」

昼食後、午後の練習まで少々時間があったので何となく葵と鷹島はいつもの体育館裏でのんびりしていた。
ちょうど日陰になっている所があったので、2人して冷たい体育館の壁に背中をぺったりくっつける。

さわさわと風に揺れた木々の音だけが聞こえる中、葵は突拍子も無くそんな質問をした。

鷹島はあまり動物にそれほど興味を抱いたことが無いので、しばらく首を捻って考える。
様々な動物を頭の中でセレクトし、最終的に、


「…猫だな」

にゃあにゃあと可愛らしく鳴く、まあ大人しい部類であろう猫を選んだ。
犬やその他の動物が苦手なわけではないが、実家の近所に住んでいた猫に懐かれていたのでなんとなく。
鷹島は動物好きでも無いのに動物に好かれるという性質の持ち主である。


「猫!猫可愛い…って、鷹島ちゃんだって可愛いもん好きじゃんかー」

「お前とは違うだろ!猫は大人しいからだ」


犬のように構って構ってと来られても対処の仕方が分からない。
なので自分からそれほど求めない猫が好きなのだ。
ふと、葵を見て鷹島は何となく彼も猫っぽいと感じる。
仕草や見た目は、どちらかといえば小動物や仔キツネのようなイメージがあるのだが、


(意外に、自分から来ないよな…)


近寄ってきても少し距離がある。縮めたかと思えば、逃げる。逃げたかと思えば、とても近寄る。
よく分からないヤツだ、と思いつつも鷹島はその関係が嫌いじゃなかった。


何だか葵が隣にいると、落ち着く気がする。
チャラい上に服装も悪い、しかも直さない悪ガキのくせに、素直なところがあるからだろうか、とぼんやり思いながら水を一口飲んだ。

暑さで乾いてきた体内に潤いがじんわり染みる。

ふー、と静かに息を吐く鷹島を葵はじっと見つめる。
相変わらず横顔すら男前で。
前髪は短いのに、襟足は長くいわゆるウルフベースの髪型がよく似合うちょっとキツ目の美形。

対する自分は、母親に似て実は柔らかい顔立ちをしているので何だか羨ましい。

ふと、その襟足が風にそよぐのを見て。


「…意外にサラサラ」


そっと手を伸ばす。
絡めるほどの量は無いが、何度か掴んではなぞる。
いきなりのスキンシップに鷹島は驚いて、視線だけ葵に向ける。どうやら特に理由は無いらしく、ぼんやりと何度も感触を楽しんでいた。
葵から鷹島に触れるのは珍しい。
何だか、距離を置いといた猫に擦り寄られてきた感覚だ。


「…意外って何だよ、俺はお前みたいに染めないから生き生きしてンだよ」

髪が、と付け加える。
すると葵は「俺だって生き生きしてるし!」と、口を尖らせる。
むぅとちょっと頬を膨らまして、何だか小さな子どもみたいだ。思わず鷹島はその頬に指を当てる。
ふに、と柔らかい頬。

いきなり頬を触られて、さすがに葵も焦る。
いくら少々月日が経ったとはいえ、あの時の事を忘れた訳ではないのだ。
触られるだけで、あの時の快感、恥ずかしさ、ちょっとした恐怖が蘇る。
震えそうになる腕をぎゅっと空いている手で支えた。

しかし、その大きな掌はゆっくりと移動し、


「…まぁ、ふわふわしてるが生き生きは…どうだ?」


まるで壊れ物を扱うかのように、何度もふわふわと葵の髪を触る。
金茶のふわふわした髪は、それほど痛んではいないようだがキューティクルはあまり感じられない。
けれどまだ若いからか、ふわふわの中にもサラサラさが感じられた。

とても心地よい。

それは葵も同じで、鷹島に撫でられると何だかふわふわした気分になった。
大きな掌は温かくて、正直夏には暑苦しいがそれでも心地よい。
ついうとうとと瞼が降りてしまうほど。


2人の間に少し冷たい風が通り過ぎる。
さわさわ、と木々の揺れる音だけが響き、静かな空気がとても心地よい。


何だか、寝たくなってきた葵。
ちょっとだけなら許されるかな、と思って瞼を閉じた。


「…また寝るのか、お前は…」

「んー…だって、ねむい…」


うとうとする葵が何だか可愛く思えてきた鷹島。
細い肩が頼りなく揺れていて、支えたくなってくる。
何だか、ひどく愛しくなってきた。こんなことを生徒に思うのは、自分が教育者だからだと心の中で言い聞かせながら、鷹島はそっと葵の背中に手を回し、後ろからそっと押す。

ぽすん、と葵は鷹島の肩に寄りかかった。
ふわりと鷹島の匂いが葵の鼻腔に広がる。ちょっと冷たい、水のような匂い。とても、落ち着く。


夏なのに、というよりは夏だからこそおかしな行動をしてしまっているのかもしれない。
そう鷹島は、何度も自分に納得させ、寝息を立て始める葵をじっと見つめた。


罰掃除だと怒れば、愚痴愚痴しつつもちゃんと掃除をする葵。鷹島のことが苦手なくせに、時折懐っこい笑顔を見せる。
笑顔にも色々種類があって、いつも友達の前でしているへらへらしている笑顔、ちょっと困った笑顔。
そして、時折見せるへにゃんとした可愛い笑顔。

あの時、鷹島を許してくれた掌を見る。
男子らしい、それほどゴツくもなくかといって華奢でもない。けれど、その掌が何だか凄く、


(…別に、なぁ…)


すやすや寝息を立てる葵を見つめながら、鷹島は心の中で小さく呟いた。



(示談じゃなくても、…約束じゃなくても、コイツが俺と行きたいっつうなら…)

どこでも連れてってやるけどなぁ。

そう無意識で思った瞬間、はっと自分が危ない道に立っていることに気づいた。
まさか、自分はこのチャラい隣のクラスの生徒に好意を抱き始めてるんじゃないか。鷹島は勢いよく首を振った。ありえないと何度も唱えまくる。


(俺は男に興味はねぇし、何よりガキにも興味ねーよ!…多分1回抱いちまったから情が移った、それだけだそれだけ)

寝て情が移るなンて、女かガキじゃあるまいし忘れよう。いつまでも思っていても葵が迷惑なだけだと鷹島は納得した。


けれど、思考より手が動く男。
思わずまた葵の髪に触れた。


すると、


「…ん、」

ふにゃあと葵が無意識に笑って、鷹島にすりすりと頬を擦り付けた。

抱きしめたい衝動に駆られる鷹島。
それでも必死に理性を総動員し、これ以上触れてはならないと決めた。
そのときだった。


「鷹島先生ー!どこっすかー!?」


陸上部のマネージャーが集合時間になっても来ない鷹島を探す声が聞こえた。
しかもちょっと…いや、大分怒っている声色。
陸上部の可愛い2年マネージャーは怒ると鷹島さえ恐れる怖さ。これはまずい、と慌てて鷹島は葵を起こそうと肩を叩く。

「起きろ齋藤!悪いがもう部活だ」

すると、さすがに葵もその言葉を聞いて起き上がる。
眠い瞼を擦りながら、すいませんと謝った。


「いや、別にいいが…というか俺、お前の連絡先知らねぇからな…今週末迎えに行けばいいのか?」


「あ!そうだ、水族館…!えっと、どうしよ、ケー番?」


わたわたとしていると時間が無いというのに。
鷹島はとりあえず後で何とか連絡する、と告げてダッシュでグラウンドへ向かおうとした、そのとき。


「見つけました!全く、顧問が遅刻とかやめてくださ…あ、齋藤くん…」

運悪く、マネージャーがこちらへ到着してしまった。
やっぱり恐ろしい形相で来たので、鷹島は大分たじろぐが、ふっとマネージャーの鬼の気迫が緩む。
どうやら葵を見たかららしい。
惚れているのだろうか、と一瞬鷹島は思うが、葵は逃げようと後ずさる。

因みに、彼女と葵は同じクラスなのだ。
よって葵は、マネージャーの性格を少し知っている。

それは、


「そういや最近鷹島先生と仲良いよね!まぁそんなことはどうでもいいンだけど、今暇だよね!学校にいるもんね!齋藤君勉強しないしね!」

「ま、待って、待ってくれ!」

素晴らしい活弁で葵を捲くし立てる。
さすがの鷹島もぽかんとしてしまうほどに。

そう、陸上部マネージャー・坂本冬香はチャラ男も諸共しない積極的というか、押し切り上手な女子であった。


「今、3年のマネージャーが受験勉強で引退しちゃったから人手不足なの!手伝うよね!」

「い、いや…」

葵は今から帰って、行きたい水族館をピックアップし、早速下準備に取り掛かろうとしていたのだ。
だが、そんなことを冬香に説明できるわけもなく。


「え?ダメなの?忙しいの?手伝うよね」


「…手伝います…」


「ありがとう!さすが齋藤君だね!」


あっさりと手伝うことを承諾してしまった。
近くで聞いていた鷹島も、申し訳ないと思いつつこれ以上冬美に逆らうと「齋藤君と私がした約束です」と押し切られる可能性が高い。
容姿も爽やか美少女で、成績もよくマネージャーとしての力も最高なのに、如何せん性格が問題な冬美。
葵も鷹島もちょっと苦手だった。


そうして、葵は初めてのマネージャー体験をすることとなる。


けれど、押し切りと無理やりがひどい冬香も、マネージャーとしてかなり最高だ。
てきぱきとドリンクの準備、タオルの洗濯、後日マラソン大会があるのでそれの下準備や連絡などをこなしている。
凄いなぁ、と感心しながら葵は冬香に頼まれた乾いたタオルの取り込みと畳むことを繰り返した。
夏の太陽を浴びて、ふわふわなタオル。
きっと、汗をびっしょりかいた部員達は喜んでくれるだろうとひとつひとつ丁寧に運ぶ。

何だかんだ、葵はマネージャーの素質があるらしい。


「じゃあ齋藤君、それ持ってみんなのとこ行ってね!」

「了解ーっす」

タイム取ってって言われるかもしれないからそれは鷹島先生に聞いてね!と注意されながら。



洗濯機のある場所から出ると、外は灼熱。
じわじわと肌に照りつける温度が、葵の肌を焼く。
ちょっと眉間に皺を寄せるも、ちょうど高跳びグループの男子が葵を見つけて手を振っていた。


「おーい、臨時のマネージャーさんタオルくれー」


葵とは違うクラスだが、男子同士なので軽く打ち解ける。けらけらと笑いながら「チャラいマネージャーだな!」と葵にツッコミを入れた。
何だか葵も楽しくなってきて、

「ンだよぉ、美人マネージャーだろっ?」

とおどけてみせる。
案の定、話したこともない人ばかりだったが一気に葵と仲良くなった。
人懐っこいのは、葵のいいところである。

すると、そんな高跳びエリアを見て短距離エリアからも声がかかってきた。


「齋藤くーん、こっちにもタオルちょうだい」

「あ、はいはーい」

じゃあ頑張ってね、と葵はへらっと笑い短距離エリアに軽やかに駆けていった。
何だか、チャラいくせに癒されるなあと皆にこやかになる。冬香は確かに可愛いが、葵のように緩くはない。
以前いたマネージャーも美人だったり可愛かったりしたが、仕事に忠実で仲間意識は出来るも癒しは足りないかなと感じていたのだ。


しかし、それを少し面白くないなと思っている大人が若干一名。

眉間に皺を寄せて黒いTシャツに汗を滲ませながら、生徒と一緒に走っている鷹島だった。

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