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7月中に宿題を終わらせたという事実を知らせるには、それらの物的証拠を持っていくのに限る。

今日は8月1日。
古典のワークは、竜一に教えてもらいながら必死に終わらせた葵。
よって、なんと!7月中に宿題を全て終わらせるという、小学生2年生以来の快挙を葵は成し遂げたのだった。
古典のワーク、最後の1Pの丸付けを終わったときの達成感は言い表せようが無い。

いつもの仲良し4人組で東京に行って帰ってきた後も、宿題に取り掛かったことが今になって安堵をもたらしている。
あまりの安堵に、終わった直後に10時間爆睡というある意味快挙も成し遂げたのだが。


そんな葵は、物的証拠である宿題のワークやプリントが入った鞄を持って、小走りで学校に向かっている。
夏真っ盛りになってきた日差しが、無防備に曝け出した葵の二の腕や頬を痛めつけた。
それでも気にせず、葵は空をちょっと仰ぐとより歩幅を広げる。

時刻は正午前。
今から行けば正午に学校に着き、昼食を摂る鷹島にタイミング良く会えるだろう。
下手に午後や夕方に行けば、練習中で口も出せないと予測したからである。
ちょっと宿題で勉強できたからか、葵は知恵をつけた。


(どこ連れてってもらおう!)


葵は心を躍らせる。
鷹島と一体どこに行けばいいのか予測はつかない上に、行きたかった東京へは先日行ったばかり。
それでも、鷹島とどこかに出かけるということが葵には嬉しくてたまらないのだ。何故かは本人はまだ分からない。


さすがに日差しが苦しくなったのか、葵は木陰の道を見つけるとそこに逃げ込む。
ちょうど辿れば学校の正門に着く道。
ラッキーと心の中で喜びながら、葵はまた速度を速めて学校へと向かった。


その頃、当の鷹島と言えば。



「よし、昼休憩だな。また1時に集合!」

ちょうど午前の練習が終わり、昼休憩の指示を出していた。お腹も空いた部員達は待ってましたとばかりに散り散りになる。
この暑いのに夏バテ知らずの元気な生徒達だ。
そう感心しながら、鷹島は自分も昼食を食べに教官室へと向かおうとした。

ちょっと空を仰ぎ見れば、相変わらず雲ひとつ無い綺麗な青空。
少しくらい曇ってもいいのだが、とほんの少し恨めしく思いながら鷹島は視線を下ろす。
すると、金茶の頭がぴょこんと門の角から覗いた。


(珍しいのがまた来た…)


鷹島はそれが葵だと一発で気づき、ちょっとため息を吐きながら葵の死角になるところを探して隠れる。
また脅かしてやろうとしているのだ。
案の定、葵は鈍感なので気づかない。
鷹島先生はどこかな、と鼻歌を歌いながらきょろきょろと辺りを見渡しながら教官室へと向かっていった。

が、ちょうど鷹島の前を知らず通り過ぎた瞬間。


「おい、齋藤!」

急に葵の肩を軽く揺さぶりながら、鷹島は脅かす。
案の定葵は、


「ぎゃあああ!?え、ぅあ!?」

びくびくと痙攣をして、リアクション芸人さながらに驚きまくった。
やっぱり反応が面白い葵に、鷹島は満足して爆笑する。
久々に会ってなんだそれは、と葵はふくれながらも何だか嬉しくてわくわくする。

それは、鷹島も同じで。
久々に会った葵に無性に話しかけたくなった。


「どうした、補習か?」


鷹島は葵が学校に来た目的を探りながら、ちょいちょいと手招きして教官室に招く。
以前、そこで勉強して写真を見ていたのだから恐らく大丈夫だろうと予測して。
鷹島の思っている以上に、葵はもう教官室に入ることを恐れては居ないのだが。

葵は素直に鷹島の隣に行き、


「違いますー!じ、つ、は!」

鞄からごそごそとワークを数冊取り出して、鷹島にひょいと渡した。
それを鷹島は不思議そうに受け取りながら、パラパラとページをめくる。
捲っても捲ってもちゃんと葵のちょっとばかし汚い字と赤丸が羅列していて、明らかにちゃんと問題を解いて丸つけた証ばかり。

鷹島は、予想外の出来事にぽかんと口を開けた。



「…な!?凄いだろっ!鷹島ちゃん!」


その反応に、葵は得意げにカラカラ笑う。
それはもう嬉しそうにくるくる回りながら。そんな葵を横目で見つつ、これは夢かと鷹島は一瞬疑った。
成績もあまり良くないうえに、生活態度(主に服装)はチャラい。ついで性格もチャラい。
そんな葵が、まさか7月中に宿題を終わらせてくるなど、普通の真面目な生徒以上のことをやってのけたのだ。

やれば出来るヤツだったのか、と鷹島は教師心を奮わせる。


「や、く、そ、く!」

しかし、次の瞬間それはただ単にニンジンにつられた馬…もといバカの行動だったと鷹島は気づいた。
確かに、褒めれば伸びるであろうが…。

鷹島はちょっとため息を吐いて、そのワーク達を返しつつ、答えた。



「…どこ行きてぇンだ…」


約束はきっちり守る律儀な男、鷹島。
口約束とは言え、自分から言い出した約束なので破るわけには行かず、守ることになってしまった。
7月終わりに今月の給料は入ったので懐には多少余裕があるので、バイキング前の悲惨な状況よりはマシだが。

そんな大人の事情など知らず、葵は素直に喜ぶ。
どこがいいかな、とにへにへしながら、教官室へ向かう鷹島の斜め後ろを律儀に着いていった。




教官室に着いて、鷹島は買ってきたコンビニ弁当を早速食べ始めた。
そういえば食べてきたのだろうか、と鷹島はふと疑問に思い、横の椅子に座る葵を見やる。
すると、鞄からおにぎりとジュースを取り出しているので、最初からここで食べる気だったのだろう。
抜かりないな、と変な感心をしながら食べ進めた。

何だか、生徒と一緒に昼食を食べるなんて久しぶりだと鷹島はしみじみ感じる。
それが自分の担任生徒ではなく、隣のクラスのチャラ男なのだが。


「で、決まったのか」


おにぎりをもふもふ頬張る葵を見ながら、鷹島は問うた。すると、葵はハッとして急いで口に入っていたご飯を飲み込む。
ちょっとむせたので、ジュースで飲み下しながら。


「え、えっと!…どっちがいいかなーと迷ってるっス」

「とりあえず言ってみろ、俺も考える」

出来ればあまり費用のかからない方でお願いしたい、と大人の事情を軽く表情でチラつかせた。
鷹島はケチという訳ではないが、下手すると葵の場合またフレンチ事件のように変なことになりそうなのだ。

さすがに、葵も一般的な金銭感覚は持ち合わせている。
教師にそんな甘えたことは出来ないので、昨日携帯のインターネットで様々な所を検索したのだ。
その結果は2通り。


「水族館か、…ど、動物園…」


チャラい葵の言うことだから、東京のセンター街やアトラクション系の遊園地だと踏んでいた鷹島は、ただただ驚く。
思わず箸で掴んでいた卵焼きを落としそうになった。


そして、


「わ、笑うな!いいじゃん、俺が行きたいンだっつの!」


肩を揺らして、思い切り鷹島は笑った。
げらげら笑いながら、「可愛い趣味だな相変わらず!」と馬鹿にする。ひどい大人だと葵は顔を真っ赤にしてひたすら笑い声を止めさせようと頑張った。
その頑張りに、さすがの鷹島も必死に笑うのを止め、ひぃひぃ引き笑いをしながら、


「わーったっつの…あーおもしれー…。
そうだな、悪いが動物園は暑そうだから水族館だな」

葵はうさぎが好きだから動物園を選んだのだと、鷹島は気づいていながらそう告げた。
さりげない優しさと気遣いに、葵はちょっとだけきゅんとくるも、鷹島が未だに笑っているので気に食わない。
けれども、


「水族館…だったら、ペンギンがいるとこがいい」


ぼそっと自分の欲求を言ってみた。
葵はうさぎだけではなく、ペンギンやイルカ、ラッコなども好きである。最近はシャチがちょっと気になっていたり。総じて、可愛い動物が大好きなのだ。

鷹島はまたまた爆笑しそうになるが、必死にこらえて「分かった、行くとしたら今週末だな」と告げた。


先ほどまでむすっとしていた葵も、その言葉を聞いてぱあっと表情を明るくさせる。
水族館に行ける事が楽しみなんて、子どもだなあと鷹島は思うが、対する自分もちょっと楽しみだったりするのだ。
水族館は涼しいし、鷹島は魚を見るのが好きだ。
そして、葵と一緒に…示談半分約束半分だがそれでも出かけることはちょっと嬉しかったりする。
その真意を鷹島は気づこうとしないので、分からないのだが。


開けた窓から、生ぬるい風が流れてくる。
先ほど走ったからか、鷹島の頬に汗が一粒流れ落ちていた。
陸上部って大変だな、と葵は感心しつつもその汗を近くにあるタオルで拭ってやればいいのか、それとも告げたほうが良いのか悩みながらぼんやりとおにぎりを頬張る。


遠くで聞こえるセミの声と、野球部の声援が混じって不思議なBGM。
それでも2人は、心地よい沈黙を味わっていた。

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