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拓也は傷心しながらも、今日も着々と家事全般を済ませた。
葵は全く料理が出来ないので、家事は兄の務めである。

仕事に家事にと苦労するが、男2人なので意外に気兼ねなく出来る。食事もたまにカップラーメンだ。

しかし今夜は葵の機嫌を戻すために、彼は夕飯を食べてきたもの大好物であるポテトサラダと先ほど買ってきた葵の好きそうなイチゴムースを夜食にしようと目論んだ。


夜食など葵は食べるか分からないが、これも竜一との仲のため。
葵は部屋で飲食を好まないので、いそいそと葵の部屋へ知らせに向かった。

2階に上がって突き当たり。
母が作ってくれた「あおい」(語尾にうさぎのマーク)のプレートのかかったドアの前に拓也は息を呑んで立つ。
しかしいつ見ても、母親の可愛いもの好きの影響をもろに受けたプレートだ。
葵本人は特に反抗しなかったことが兄にとって不可思議極まりないのだが、それは葵が可愛いもの好きだからという簡単な理由。

むしろこのプレートをとてつもなく気に入っている。


拓也は意を決してノックを数回した。

しかし、反応は無い。
外出した気配もないので、もしかして中で寝ているのではないか。
起こすのは忍びないが、そのまま寝せておいても体調的によろしくない。

男兄弟なので勝手に入ってもいいだろう。

拓也は遠慮せずにドアを開けて、中へ入った。


「…葵〜…。やっぱ寝てたか…」

兄の見解通り、葵はすやすやと寝息を立てて机に突っ伏して眠っていた。
しかも、普段広げないであろう大量のワークや教科書、辞書や参考書まで。
いきなりどうして勉強に火が点いたのか不思議極まりないが、兄心…というよりは家族として少し嬉しい拓也。

けれど、このまま寝かしておいては風呂に入らず無理な姿勢で寝るという結果になってしまう。
心を鬼にして、葵の頭に丸めたノートを落とした。

パシン!と心地よい音が静かな葵の部屋に響く。


「う、わわっ!?…え?」


案の定、葵はちょっと涎を口の端から垂らしながら、寝ぼけ眼で辺りを見渡した。
何が起きたか分かっていないのだろう、ひたすらきょろきょろしては時折ぼーっとまた寝そうになる。

あまりに面白いので、拓也はケラケラと笑いながら葵の頭を数度軽く叩いた。
ふわふわの髪が揺れる。
今使っているワックスが間違えて女子用のふわふわキープスタイルを使っているからだ。


「…あ…俺寝てた…」

ようやく葵が寝ていたことに気づく。
自分の頭を撫でるような叩くような感触に違和感を感じ、ゆっくりと振り返った。

そこには、いつもの兄の何やらデレデレした笑顔。
葵はちょっとイラッとするのだ、その笑みに。


「…なに、兄ちゃん…イラつく、そのニヤニヤ」

「なっ!?ニヤニヤしてねぇし…!というか、ほら葵。
寝るなら風呂入ってからだ、あとポテトサラダとイチゴムースあるから食べたかったら食べろな」


ちょっと葵が悪態を吐くも、拓也は少し年の離れた兄。
寝ぼけた弟のちょっとした悪口など流す器量はあるものだ。それを普段応用して落ち着けば良いのだが。

それを葵も分かっていて、少々渋い顔をしながらも夜食をちょっと食べるためにのそのそと立ち上がる。
ついでに下着とスウェットを持って、風呂場に寄る準備も万全に。

幾度か背伸びをして、首周辺を鳴らしながら部屋を出て行った。
どうやら、そんなに兄に対して怒りは持っていないらしい。というか忘れている。


(あー…何とかなったか…)


拓也はホッと胸を撫で下ろしながら安堵の息を漏らす。
すると同時に、開けっ放しの窓から生暖かい風が吹いてきた。


「窓開いてンのか…」

ちょっと独りごちながら、拓也は窓を閉める。
静かな部屋に施錠の音だけが響き、何だか物寂しさを感じた。
ふと、葵の部屋にあるコルクボードをちらりと見やる。
ここには竜一の写真も大量にあるので、恋人としてはどうしても見てしまうエリアだ。

今日も今日とてチラリと見れば。


(…あれ?新しい写真か?
…でも写ってる葵は学ランだしな…春か冬か?)


目新しいけれども季節的には少し古い写真。
そして、


(…もしかしてこのジャージ着て葵を捕まえてる若い先生…)


葵と一緒に写る教師。
楽しそうな(と言っても教師は怒っている様子だし葵は恐怖に慌てている)雰囲気が溢れ出すそれ。

拓也の記憶倉庫に、夏休み前の出来事が引っ張りだされた。



直後。



「葵ぃいい!この先生担任か!?」


兄は猛ダッシュでリビングへと向かった。
葵の「何騒いでンだよ!?」というツッコミの声をも無視して、がしっと細い肩を掴む。

ポテトサラダをちょっとつまみ食いしていた葵は目を丸くした。


「な、なに…」

もごもごと急いで飲み込み、兄の表情を伺う。
すると、


「兄ちゃんは…複雑だ!
先生に怒られるのはまぁ、仕方ない。葵チャラいからな!けれども何故だ!
何故そんな先生と親しいンだ…!もしかして葵、その先生のことが…!?」


「ハァ!?意味わかンねぇよ!」


べらべらと意味不明なことを言われ、葵はとりあえず怒る。
起きて早々、なぜ兄の独りよがりな怒りを受けなければならないのか。
葵はむぅと口を尖らせて、


「大体先生って誰だよ…って、あ」


ツンとそっぽを向くが、途中で思い出した。
思わず飾ってしまった鷹島との写真を。

葵は、それで何故拓也が怒っているのか(というか嘆いている)分からないが、とりあえずあまり鷹島とのことを詮索されては困るので、適当に誤魔化すことにした。


「仲良いって…その先生みんなと仲良いし!」


俺だけじゃなくて、双子とか竜一とも仲良いっつの!と言ってみせる。
ちょっと後半の言葉に拓也は戸惑いを見せたが、誰とでも仲がよいならば問題は無い。
拓也は「いきなりパニクって悪かったな」といつもの笑顔を見せて、葵から離れた。


(あー…助かった)


相変わらず困った兄だ、と葵はほっと胸を撫で下ろす。
ふと、自分の発言を思い出しながら。



(…誰とでも…か…)


鷹島は担任クラスの生徒達や陸上部の生徒達から大分好かれているらしい。
鷹島のクラスの友人から、「今度先生とみんなでバーベキューしに行くンだぜ」と言われたことを思いだした。



なぜかちょっとだけ、葵の左胸が締め付けられるように痛みを帯びた。




(…なんだ?)



その原因は、まだ葵には分からなくて。
ちょっと擦りながら、葵はイチゴムースを口いっぱいに頬張った。

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