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店内に入れば、愛想の良い女性店員がいい笑顔をして「いらっしゃいませ、2名様ですか?」と鷹島に問うた。
鷹島は適当に返事をして、料金を前払いで済ます。
大人の男性2人で2000円弱はとても助かる。
先ほどのフレンス料理店に間違えて行かず良かった、と鷹島は内心ほっとしながら、一万円をレジに差し出した。


「では5番テーブルへどうぞ」


にこり、と笑ってレシートが挟まったクリップボードを渡される。
さて、行くかと鷹島が葵に呼びかけると、葵は早速周りの食べ物に夢中なのか、きょろきょろと辺りを見渡しながら「はーい」と嬉しそうに返事をした。

まるで年の離れた弟か従弟を世話しているかのようだ、と鷹島は溜息を吐きながら葵の背中を軽く押す。


「きょろきょろすンな、子どもじゃあるまいし…」


「うっ…だ、だって俺こンなに食べれンの初めてだし…!」


「あ?…まぁ見た感じ少食っつーのは分かるがなー」


じろじろと葵の全身を眺めながら、鷹島は指定された席に着く。すると前を歩いていた店員が笑顔で「こちら火を点けさせていただきます」と言いながら焼肉をするための機材に火のスイッチを回した。

一瞬漂うガス臭さにと、鷹島の「お前ガリガリだしな」というような遠まわしな表現(鷹島本人はそう思っていない)に葵は顔をしかめて、


「ンなことねぇし!俺、この前ジャンポパフェ3人で食いきったンだからな!」


とちょっと棘を含んだ声を出しながら鷹島の座る席の前に座った。
不思議な自慢と抗議を受けた鷹島はぱちくりと数回驚いたように瞬きしたあと、思わず噴出す。


「お前っ…なに、パフェとか好きなのか?とことん可愛い趣味してる野郎だなー」

けらけら笑いながら、小馬鹿にすれば葵はやっと自分の恥ずかしい発言に気づき、目をこれでもかというくらい見開き羞恥に震えた。
またしてもバレてしまった自分の男らしくない一面。葵も男子、可愛いマスコット好きや甘味好きは彼にとって治せないコンプレックスなのだ。


「…先生だって車 変にしてンじゃんかよォ」

ぶすっと口を尖らせながら、机にあったおしぼりで何度も手を拭く葵。
その拗ねた顔がなんだか面白くて、鷹島はますますからかいたくなる。くっく、と喉で笑いながら、


「あ?俺の趣味は男らしくてかっこいいだろうが。お前はなんつーの、ガキだなガキ」

チャラ男でガキでバカ。
いいキャラしてやがるなぁ、と鷹島は何のオブラートにも包まず告げると、さすがの葵もカチンとくる。
チャラ男は認める、仕方ない。しかしガキでバカと言われれば、その通りでも反抗するのがバカなのだ。

葵はツンっとそっぽを向いて席を立ち、


「鷹島ちゃんのハゲ、俺 肉取ってくる!」


腕を大振りしながら、ロースやらカルビが並んだ肉コーナーへと行ってしまった。
1人残された鷹島は「ハゲてねぇし」とひとりごちながらちょっと反省。
少し遠くの肉コーナーで嬉々しながら皿にたくさん乗せている葵をちょっと見つめて、溜息を吐く。


(…示談なのに俺が楽しンでどうするンだっつの)


2人での食事の根本的な原因を思い出さないように、鷹島も席を立って料理が並ぶバイキング特有のコーナーに皿とお盆を持って葵が食べそうなものを皿に乗せていった。

肉料理、魚料理、野菜。
美味しそうに並べられたそれを次々に美味しそうに配置(無意識に)していくと、気づけば鷹島の隣にはこんもりと肉を皿に乗せた葵がじっと鷹島の手元を見つめていた。
怒っていたンじゃないのか、と少し戸惑いながら


「なンだ、終わったか?」

と問えば、葵は先ほどのしかめっ面を180度変えた満面の笑顔で、


「ん!カルビとロースと、あとホルモンとかとことん積ンだー。早く食いましょー」


嬉しそうに自分の盛った皿を見せた。
食いきらなかったらどうするんだ、と鷹島は思うも先ほどのこともあり口には出さず、「うまそうだな」と告げて席へ戻る。

葵もその後を付いて席へと向かった。

その際に、たまたま隣街の高校の女子集団を見つけ、ついつい。


「あ、明海ちゃんたちじゃね?おーい」


と、いつものようにへらへらして手を振る。
さすがに鷹島と着ているのでそちらに向かうことは無かったが、相変わらずの交友関係に鷹島は呆れて肩を落とした。

真面目な鷹島にとって、葵のように不特定多数の女子に向かっていい顔をしたり、だらしない服装やだらしない言葉遣いはありえないのだ。

それが顔に出たのか、葵は少しビクついて、



「…きょ、今日は夏休みだしっ…明海ちゃんたちは友達っスよ…」



なンて小さく言い訳。
そんな言い訳も鷹島は「聞いてねぇよ」とスルーし、網に葵の取ってきた肉をどんどん乗せていった。
肉の焼ける香りが漂い、周りの雑音と肉などが焼ける音のおかげでちょっとした沈黙もなんとか不快なものにならずに済む。

相変わらず考えていることが分からない人だ、と葵はちょっと嫌な気持ちになりながら鷹島の焼いた肉をじっと見つめた。


せっかく一緒に食事しているのに、特に話もせずひたすら食べる。
何だか居心地が悪くて、葵は思わず箸が止まった。

以前、鷹島と特に話もせず2人でのんびりとしていたときは逆に居心地が良かったのに。


すると、



「…お前、食わねぇの?何か嫌いなモンでもあったか」


先ほどまで黙って食べていた鷹島が首を傾げて葵に聞いた。
葵は急な質問に、慌てて「いや、ない っす」と不思議なイントネーションで答えてしまった。
まさか鷹島が自分へ気遣いをしてくれるとは思わなかった葵。何だか嬉しくなって、へらへら笑いながら止まった箸をもう一度動かし始める。

そんな葵を不思議と言わんばかりに見つめながら、鷹島も箸を進めた。


「齋藤は嫌いな食いモンあるのか?」

ついでになんとなく質問しながら。

「んーと、キムチとかワサビは苦手っスね…あと里芋とワカメみたいなぬるぬるは…きもい…!…先生は?」


葵も答えながら、鷹島に質問する。
会話のキャッチボールを成立させたくて。
そンなことをしなくとも、鷹島は葵と談笑する気だったのだが。


「甘いものはあまり得意じゃねぇな…、あとピーマンの不味さは何とかならねぇのか」



葵の思考が一瞬停止。
そして数秒後、急いで口の中にあったものを飲み込んだあと、葵は思いっきり爆笑した。
失礼だと分かってはいるものの、あまりにも意外で。


「うわははっ!鷹島ちゃんのがガキじゃん!ピーマン嫌いとか!」


「うっせ!笑うな!パフェとかケーキが好きなお前に言われたくねぇよ!」


机を叩いてまで爆笑する葵に、鷹島は思わず葵の額を爪で弾く。パシン!といい音のデコピンが放たれて、葵は痛みで額を押さえつつも笑い続ける。

変なことを口走ってしまった、と鷹島は発言に後悔しながらも、葵が随分楽しそうに笑うので、まぁいいかと水に流した。


2人の楽しいひと時はバイキング終了時刻まで。
残り1時間。

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