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しばらく談笑しながら車を走らせていると、ようやくその場所に着いた。

「ここか?新しく出来たトコっつうのは」

確かに駅より離れた郊外にぽつんと建っている小奇麗な建物の前に車を停める。
葵はきょろきょろと店の外観と看板を確認し、何度も頷いた。

洋風の屋敷のような外観に、全体が碧色の色彩で協調され美しい。
本当にここが焼肉やら何やらを低価格で食べ放題できる店なのだろうか。
もしや、お高いフランス料理店ではないかと鷹島は一瞬ぞっと寒気を催す。
自分の財布の中身は1万弱あるが、フランス料理など2人分のフルコースでは1万は超えることなど分かりきっているのだ。

というかこの1万は給料日前で唯一使える自由な金だ。吹っ飛んだらそれこそ白米どころか毎日パンと卵という貧しさ極まりない思いをすることになる。


「…本当にここかよ?」

「うん?だってちゃんとフルコースって書いてあるし」

「は!?!?」

鷹島は慌てて葵の目線の先にある看板の文字を凝視した。そこには、美しい字で描かれる、『フレンチフルコース』の文字が。

明らかにお高さ丸出しの雰囲気に、鷹島は急いでギアを変えアクセルを踏んだ。

「ぎゃ!?」

急に発進されたため、葵の身体はガクリと前に押し出される。あまりの衝撃に目を丸くして、悲鳴を上げた。
一体なにをするんだ、と言いたげに葵はじろりと鷹島を軽く睨む。シートベルトが胸部を締め付け、痛い。
そんな葵の視線に少したじろぐが、それよりも葵本人の勘違いに少し腹立たしさが増す。

鷹島は軽く舌打ちをして「あぶねぇあぶねぇ」と安堵した。

意味が分からず葵は「なにが!」と問うた。


鷹島は心底呆れた視線を送る。
その視線に葵はぎょくりと肩を揺らした。



「…お前、俺にフレンチのフルコース奢らせる気だったのかよ!?」


何て腹黒いヤローだ、と鷹島が言えば、葵はきょとんと目を丸くして、


「え?フルコースって食べ放題ってコトじゃねぇの?」


純粋な声でそう告げた。
鷹島は思わず口をあんぐり開ける。
どこでどう学べば、そんな知識が蓄積されるのだ。
真面目な鷹島は頭を抱えそうになる。両手はハンドルを握っていたので幸いだ。

あまりのバカさに、呆れるどころか絶句。


「…フルコースっていうのは、フランス料理が順番に出てくるやつだ…ああいう所のは、バカ高い」

「え!?あれフルコースっていうの!?俺、オードブルかと思ってた」

「ちげぇ!微妙に合ってるけど違ぇ!」


オードブルとはコースの始めに出てくる料理である。
一体どこでどう間違えたんだ、と鷹島がひとつ溜息を吐くと、葵はその呆れに気づいたのかしゅんと肩を落とす。
いつもけらけらと楽天極まりない態度をとっている葵の、反省する姿を初めて見た鷹島は驚いて二度見してしまった。

申し訳無さそうに眉尻を下げて、小さい身体をより縮ませている。
普段注意しても「わーすみませんー!」くらいしか言わないのに。
このタイプは怒鳴るよりも呆れる方が有効なのだろうか、と鷹島は冷静に思った。

すると、


「…す、すいません…俺、バカで…も少しで鷹島先生の大事な金を…」

しゅーんと落ち込んだ葵の掠れる声が聞こえた。
鷹島の口の端がひくひくと引きつる。
色々な感情が織り交ざってくる上に、葵のこんな姿は扱いにくくて仕方ない。

鷹島は、どうしようかと思っているとちょうど斜め前に葵の言っていたバイキングの看板を見つけた。
どうやら、もう数百メートル先だったらしい。

とにかく、葵の顔を上げなければと鷹島は必死に脳内でフォローの言葉を搾り出した。


「ほら、あれが言ってた店だろ?…それに、俺が本気出せばオメーにフレンチ奢ることだって出来ンだ。ガキが金の心配すンな」


「え?でも先生のクラスの人言ってたスよー、車のパーツのせいでいつもジリ貧って…」

たまに聞く情報を本人の前で天然技を使い暴露する。
そんなことまで知られているとは思わない鷹島は、つり上がった目を丸くさせ、驚いた。


「ジ、ジリ貧じゃねーよ!余裕あるっつの!気が向けばオメー1人だって養えること出来ンだからな」


瞬間、はっと鷹島は口を紡ぐ。
自分は何を言ってるンだ、と内心冷や汗をだらだらとかきながら、バイキングの店の駐車場に荒いハンドル操作で突入した。

ぐいいん、と思い切り車内は傾き、葵は「ひえええ!?」と悲鳴を上げる。
タイヤが擦り切れるんじゃないかというくらい方向転換し、器用にもそのスピードで駐車スペースに収まった。別に鷹島は車を動かすことは得意でも苦手でもないのに、全く持って奇跡である。

しかし、いきなり異常なことをされた葵は必死にシートベルトを掴んで、何とか吹っ飛ばされずにすんだが、くらくらと眩暈が止まらない。


おかげで、葵は先ほどの『養ってやる』宣言をすっかり忘れてしまった。それ以前にその言葉の深い意味を葵が知ることは不可能。
そこまで大人じゃないし、ずる賢い子どもでもない。



「おぉおぅ…、先生いきなしひでぇよー…」


「…悪かった、ほら降りるぞ」



促せば、こくりと頷いてドアを開ける。
どうやら先ほどの発言はすっかり忘れ、落ち込んでいた機嫌も元に戻ったようだ。
鷹島はほっと安堵の息を漏らして、エンジンを止める。
外に出れば、太陽がじりじりと肌を焼け付くように降り注いだ。
もう夕方だというのに、太陽は一向に沈む気が無いらしい。


せめて出てくる時は沈んでくれよ、と鷹島は恨めしげにその太陽をちらりと見てから歩き出した。



「あ、ここだ!焼肉、寿司、ケーキっ!」


嬉しそうにへらへら笑う葵に追いつくために、少し早足で向かう。


薄っすら覗いた葵のうなじが白いことに気づき、鷹島はこの日光で焼けるんじゃないかとちょっとだけ危惧しつつ、「お前ケーキ食うのかよ」と小ばかにしてみせた。


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