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「お疲れ様、鷹島先生。今日は機嫌がいいですね」

「ありがとうございます、…そうですか?」

事務員がにこにこと鷹島を見つめながら労いの言葉をかけた。
それにお礼を言うが、後半の「機嫌がよい」にちょっと引っかかる。
思わず聞けば、おっとりした中年の事務員はのんびりとした口調で、


「はい、これからデートだったりするンですか?」


と、笑顔で爆弾を落とした。
これから齋藤に飯を奢ってきます(しかも示談)なんて言える訳もないのに、まさかのデートと勘違い。
自分はそんなに浮かれまくった顔をしていたのだろうか、と鷹島は疑問に思いながら「まぁそんな所です」と適当に濁した。


職員室から取ってきた残りの荷物(主に書類関係)を持ち、鷹島は少し急いで靴を履く。
つま先を叩く音が、静かな蒸し暑い玄関に響いた。




一方その頃、やっとクーラーが効いて快適になった鷹島の車で待つ葵は、のんびりと飽きずに先ほどこっそり持ってきた写真を眺めていた。
学校風景の1コマなので、鷹島と葵だけではなく周りの人々も写っている。
誰もが自分達を見て笑っていた。普段、鷹島の怒りを受けるだけで精一杯なので、まさか自分が笑われているとは思わなかったのだ。
しかもこんなに大勢。

2学期は少し改めようかな、と思いながら葵は自分の金茶の髪を指先で弄る。


トントン、

突然の物音に、葵はびくりと上半身を跳ねさせた。
音がしたのは窓。どうやら外から誰かが軽く叩いたらしい。
鷹島ならすぐに運転席に乗るはずだ。
もしかして、別の先生が「何乗ってるンだ」と説教しにきたのだろうかと葵は恐る恐る横を向いた。

そこには、先生よりも厄介な人物が、いた。


「た、高木っ…!?」


にこにこと爽やかな笑顔でこちらをじっと見ている彼は、陸上部のエース且つ葵が一時期狙っていたみゆきと付き合っている疑惑があるらしい高木遼平である。

爽やかスポーツマンタイプな高木は葵と同じクラスだが、チャラ男とイケメンは部類が違う。
グループも違うし、高木は真面目なタイプなので、葵はちょっと苦手だった。

それが今なぜここに、と言わんばかりにじろじろと高木を見つめる。
相変わらず爽やかな顔立ちをしていることに少し腹が立った葵。
校内でも1位2位を争うイケメンだ。


すると、高木はくいくいと指で窓を下げる動作をした。そこでようやく、窓を下げなければ話が出来ないことに気づいた葵は、慌ててパワーウィンドウを降ろした。

ぶわ、と外の熱が涼しい車内に侵入する。


「よ、齋藤くん。鷹島センセに拉致でもされるのか?」


開口一番に物騒なことを爽やかな笑顔で言う。
葵は「ハ!?」と驚きながらも、この状況をどう説明したらいいかわからず口ごもった。

そんな葵を見て、高木は満足そうににこにこと笑顔。
高木にとって、こんなに近くで葵と話すことが出来たのは「久しぶり」だからだ。
葵は、高木と話すのはほぼ初めてだと思っているが。

葵は足りない頭で必死に言い訳を導き出す。
ぐるぐると視点を泳がせながら、



「えっと、えーっとな?俺が、1学期頑張ったからメシ奢ってもらうンだ」


一応奢ってもらう真実は言いつつ、その理由は言わずにごまかした。
しかし、鷹島が1学期中葵を叱り続けたことは高木のみならず2学年全体に知れ渡っている。意味がない。
高木はそのへたくそな嘘に思わず笑ってしまった。


「齋藤くんってバッカだなー」

「な!?おまっ…人のことバカにすンな!バカッつった方がバカなンだぞ!」


腹よじれる、と高木は笑いながら車のボディをバンバンと叩く。
女子か、と葵は半分呆れながらも、バカにされて怒りが止まらなかった。
鷹島にはよくバカにされるのに、何でか高木にバカと言われるのはひどく腹立たしいのだ。
鷹島のときは「ひどくね!?」ぐらいで済むのだが。

しかし高木の言うとおりバカな葵がそんな細かいことに気づくわけもなく、



「こンの…!ばーか!ばーか!みゆきちゃんと別れちまえ!」


顔を真っ赤にして怒鳴る。
ふと、高木は笑いすぎて出てきた生理的な涙を拭いながら振り向いた。


「みゆき?誰だそれ?」

あっけらかんとそんなことを言いながら。
勢い良く噛み付いていた葵も、あっけらかんと

「…知らねぇの?」

と聞き返す。
以前、女子からみゆきと高木は付き合っていると聞いたのだ。
そりゃあ、他校の女子でナンバー1じゃないかというくらい可愛らしいみゆきと、爽やかイケメン高木はお似合い。なのだが、


「知らない。俺、同じクラスの女子と陸上部の女子しか知らないし、知り合う気も無いし」


「なんてもったいねぇことを!?俺がお前だったらどんなによかったことか…!!」


齋藤クンかっこいいきゃあきゃあと言われてみたい、と葵は悔しそうに狭いシートの上でだんご虫のように丸まった。
そんな葵を見て、また面白そうに高木は笑う。


「ま、そのみゆきとか言う人は俺に他の女子が言い寄らないようにしたのかもね。そう言えば悠々と俺にアタックできるとか思ってたンだろうなー。ま、俺は誰かと付き合う気なんて毛頭無いンだけど」

頭のきれる子だな、と興味無さそうに言った高木を、葵はぽかんと見つめた。
葵の中で高木のイメージは、常に女子に囲まれて来るもの拒まず的な感じである。そして真面目だから付き合う女子は可愛い系か綺麗系。

それがまさか女子に興味が0なちょっと冷たい男とは。

どうしてこうも、自分の周りのイケメン共はどいつもこいつも自分の容姿を有効活用せず彼女を作らないのか。
葵は自分の兄と鷹島と目の前の高木に怒りを馳せた。

しかし、ふと葵は思い出す。
兄と高木に彼女が居ないことは分かるが、鷹島はどうなんだろうか。
自分を抱いたとは言え、あれは別に恋愛絡みのものではない。彼女が居てあんなことをするのも大問題だが、あの容姿と性格で居ない方が問題だ。

高木は陸上部だからちょっとは知っているのかもしれない。


「なぁ、鷹島先生って彼女居ンの?」


葵の純粋そうにくりくりと輝く瞳に、高木は少し息を呑んだ。
いつもへらへらしてて目が細い印象しか無かったのだが、真面目な顔をしていると随分目が大きい。
女子ほど、とまではいかないがアーモンド形の目の中にある瞳の色も色素が薄く、きらきらと輝いていた。

高木は葵の問いへの答えを知っている。
が、何だか素直に答えたくない。
その答えを聞いて、葵がどんな顔をするのか見たくなかった。


ふと、背後に感じる気配と足音に高木は気づく。
少し意地悪してやろう、と高木は思って、わざと大きな声で答えた。


「さあ?そんなに気になるなら本人に聞けばいいんじゃないかな!ほら、鷹島先生来たよ!」


「え!?マジ!?」


葵が慌てて高木の後ろを覗き込めば、確かに荷物を持った鷹島が「何だ?」と言わんばかりに不思議そうな表情を浮かべていた。


「じゃあね、齋藤くん。鷹島先生も見つかったのが俺でよかったっすねー、生徒の拉致はいけませんよー」


葵が呆然とし、鷹島が疑問を浮かべている最中で高木はそれまた爽やかに笑いながらそう言って去って行った。随分と爽やかな台風だと、葵は走り去る高木を見ながら呆れる。


鷹島も高木の言葉に何を言ってるんだと呆れながら、運転席へと乗り込んだ。
荷物を後部座席に放り投げながら、


「待たせて悪かったな、バイパス近くのバイキングでいいんだろ?」

と葵をじっと見ながら問う。
なぜか葵はその瞳にどぎまぎして、目線を逸らしながら「そうっす!」と元気良く返した。

了解、と簡潔に答え、鷹島は車を発進させる。
葵もいそいそとシートベルトをしめ、これから初めて行く食べ放題にわくわくした。
今日は朝も昼も軽いものしか食べていないので、思う存分に食べれる。そして奢り。
ケーキとかあるといいなぁなんて思いながら。

ふと、鷹島はハンドルを切りながら先ほど聞こえたことを呟いた。



「おい齋藤、俺に聞きてぇコトって何だ?」


葵の笑顔が一瞬にして引きつる。
そうだ、高木のせいで変なことを聞かれたのだ。
葵は目を泳がせて口ごもりながらも、このままシカトするのも何なので正直に聞いた。


「…先生って彼女居るンすか?って…」


たいしたことじゃねぇっす、と慌てて付け足した。
わたわたとする葵を横目で見ながら、鷹島は思わず口の端を上げた。
まるで独占欲みたいだ、と。
しかし直後、自分が葵を無理やり抱いたことを思い出す。もしかしたら彼女も居るのにこんなことした最低教師はやっぱり訴えますということだろうか、と。

しかし、安心なことに。


「ここ何年もいねぇよ、」


鷹島に彼女と呼べる人は居なかった。
教師になかなか出会いは無い。大学時代に付き合っていた女性は教師になって数年経ってから遠距離恋愛に耐えられずフられたのだ。
そんな苦い思い出を噛み締めながら、鷹島はふと隣の葵をまた横目で見る。


「…へー、何でイケメンはそうやって…俺に対しての嫌味っすか!?いつでもできるよーんみたいな?」


何かちょっと不服らしい。
口ではそう言っているものの、葵の表情は不思議とへにゃへにゃと笑っていた。

その可愛い無自覚な反応に思わず鷹島は慌てて前を見る。見てはいけなかった、と何故か思ってしまうほどに。


もちろん、そんな鷹島の反応も自分の緩む頬の理由も気づかずに、葵はしばらく自分のイケメンへ対しての不満を愚痴り続けた。

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