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「部活終わるのが5時だから…それから例のバイキングに行くか」


夏休み前日に交わした約束のことだった。
それを聞いた葵は一気に表情を明るくし、嬉しそうにくるくる回って「行くー!」と笑う。
子どもだなぁ、と鷹島は呆れるもここまで喜ばれれば「示談」の意味も果たせる。
溜息に似た安堵の息を一気に漏らして、鷹島は「終わったら迎えに行く」と告げた。

示談の原因があったあの日、葵の自宅まで送り届けたので自宅の場所は把握している。
車で10分弱のところにあるので大した労力ではない。

しかし、葵はふと自分の持っている問題集を見る。
先ほどこっそりとロッカーから持ってきたのだ。
本当はこれを竜一と一緒に図書館で終わらそうと思っていたのだが、いちいち図書館と自宅の往復は面倒くさい。

「俺、先生が終わるまでこれやって待ってる」

との事で、葵は初日から勉強かぁと思いながらもそう決めた。早く終わらせといて損は無い。
しかし、


「どこでやってンだ?お前の教室3年が世界史の課外で使ってるぞ…日当たり悪いから」

「あ、そういえばなんか教室で声がしてた…」

日当たり悪いは余計だが(日当たりが良い教室は大体3年にまわされている)、確かに教室は使用中。

「じゃあ、図書室とか」

あの静か過ぎて逆に落ち着かない図書館に行くのは少々気が向かないが仕方が無い。
葵はちょっと口を尖らせた。
と、同時に鷹島も眉間に皺を寄せる。

なぜならば、図書室は体育館と正反対。
意外にも校舎は横長いので、そこまで迎えに行くのがとてもめんどうくさい。

ふと、鷹島はある案を思いついた。


「そういや、今日は俺以外の体育教師は居ねぇから、俺の机使ってていいぞ」

いいだろう、としたり顔を見せ付けて葵の顔を覗き込む。が、当の葵の顔は驚きと困惑に満ちて、困ったように眉を下げて顔を少し赤らめていた。

「え、…と、」

その表情と口ごもる姿。
やっと鷹島は思い出した。


「あー…、図書室でいいぞ」


なぜなら体育教諭用職員室は、あのコトが起こった場所。
鷹島が葵を犯してしまった日からたった2日しか経っていないのだ。むしろ、今こうして自然に会話できているほうが可笑しいくらい。

鷹島は目を逸らして、「悪かった」とまた謝った。

しかし、葵からの返答は意外なもので


「…じゃ、借ります…!」


ふん、と鼻息を荒くして「がんばるぞ!」と気合を入れていた。
鷹島はがっくりと肩を落としてしまう。
反応にではなく、自分の下手な気遣いに。
下手に気遣って、葵を困らせてしまったのだ。が、あの日鷹島は身をもって実感したのだが、葵は見かけに反して(チャラ男が皆性格悪いという偏見もおかしいのだが)意外に優しい。

葵はわざと気にしていないふりをしたのだろう。

こんな子どもに俺は何を気を使わせているんだろう、と鷹島は自己嫌悪に陥りながら「奥から左に3番目だ、筆記用具は勝手に使え」とだけ告げて、休憩を終えた部員達のところへと向かっていった。




一方、葵はというと。


1人、鷹島の椅子に座って黙々とひたすら数学の友を終わらせていた。答えが無いので、ついでに持ってきた数学の教科書を見ながら問題を解く。
早く終わらせたい、とか、
一生懸命やるぞ!、とかではなく。

ただ単に、何かに没頭していないと2日前の出来事をリアルに思い出してしまうからだ。


先ほど、バイキングに思いを馳せてわくわくしながら体育教諭用職員室に入った途端、それは起こった。

鷹島の机はどこだっけかな、と葵が鼻歌交じりにふと周りを見渡す。
たまたま目に入ったのは、あの日自分の腕がベルトで拘束され繋がれた棚。

瞬間、ぶわぁっと記憶の隅っこに追いやったはずのあの時の熱と快感が葵の隅々まで広がる。


最近のことなのでより鮮明に。


自分の喘ぎまくってはしたなくよがっていた姿を思い出し、葵は思わず小走った。
心の中で騒ぎながら。


(うおわあああ!俺のバカ!思い出さないようにしてたのに!あああもう!勉強勉強勉強!)


そうして、今のガリ勉状態と言うわけである。


しかし、普段勉強をろくにしない葵がそんな長く続けるなど無理な話。
数十分するとさすがに飽きてきた。
5時まではあと2時間以上ある。それらを普段勉強しない高校生がずっと勉強し続けるのはある意味死活問題。
回らなくなった頭を抱えながら、葵はごろんと鷹島の机に突っ伏した。

自分の数学の友から、紙の匂いが漂う。
このまま寝てしまおうかな、なんて思いながらも、さすがにこの暑さの中では寝れない。
葵が扇風機は無いかと探そうとしたとき、ふと鷹島の机を見渡した。

机には透明なシートが被さっている。
教員机にはよくあるものだ。
その下には担当するクラスの時間割や、体育教諭の割り当て時間割。
そして、葵の隣のクラス。つまり、鷹島の持っているクラスの集合写真。

みんな、楽しそうに笑ってピースを揃えて。
その端に、葵にとって見たことも無いくらい楽しそうに笑っている鷹島。彼もまたピースをしていた。


(うわー、なんか変)

思わず笑いがこぼれた。
直後、ちょっと切なく疼く胸の真ん中。
自分と鷹島の距離の遠さと、今こうして話せていること、そして一緒に夕飯を食べに行くこと。
どれも事実であり、まるで奇跡みたいなことなのだと、似合わないことを思ってみたりした。

こぼれた笑いがどこかへ消える。


(いや、奇跡っつーか 俺が服装違反してるからなンだけど…ん?でも竜一とかも結構悪いよな?なんでだ?先生に初めて怒られたのって…)


いつだっけ?
と、思い出そうと首を捻った瞬間。

がたーん!と凄まじい音を立てて、後ろの棚に積んであったダンボールが落っこちてきた。
あまりの音と衝撃に、葵は「ひえええ!」と悲鳴をあげながら落ちてきたダンボールを恐る恐る見る。

どうやら棚の端ギリギリに置いてあったらしい。
葵にとっては全く迷惑な話である。なぜこのタイミングでとしか言いようがない。
おかげで、先ほど何を考えようとしたのかも忘れてしまった。葵はあまり記憶能力がよろしくない。なので暗記系の科目は大の苦手。

それはさておき、問題は落ちてきたダンボールをどうするか。
放っておけばいいのだが、最悪なことに中身もぶちまけられてしまったのだ。
これを放置して勉強をし続けている葵を、鷹島が発見したときの空気。安易に予測できる、決して良いものではないことを。


葵は思いっきり息を吸って、わざとらしく声を出しながら溜息を吐き、しぶしぶとダンボールへと近づいていった。


ふと、足元に落ちている1枚の写真。
ダンボールの中は、去年と今年の学校で撮られた写真の山だったのだろう。整理しておけと、葵は心の中で悪態を吐いた。

何気なくその1枚を拾って見る。
そこに映っているのは、


「…いつ撮って…!?」


顔に血が昇っていく。
それは怒りからくるのか、恥ずかしさからくるのかよくわからないが、とにかくわなわなと湧き上がる感情。

なぜならば、

(なンで俺が鷹島先生に怒られてる写真なンか!)

葵が服装違反で毎度のごとく捕まり、鷹島にスリーパーを軽くかけられている(鷹島はその辺本気でやらない)姿が写っているからだ。

自分の惨めでかっこ悪い姿も嫌だが、なぜこの瞬間を撮ったのか。
おおよそ、この時期に新しいカメラを持ってうろうろしていた学校専用のカメラマンが、学校の1コマ!といったノリで撮ったのだろう。
はた迷惑な話である。

しかし、葵はなんだか段々とその写真に愛着が湧いてきた。

(…別に、これは俺が鷹島先生と写ってるのが欲しいとかじゃなくてー?高校時代の思い出みてぇな?そうそう、いい思い出だよ うんうん)

と、自分に言い聞かせながらそれをこっそり数学の友に挟めた。
持ち帰る気満々である。
ちょうど自分の部屋にボードがあるのでそれに貼り付けようと計画立てしながら、せっせとダンボールにばらけた写真を入れていった。

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