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「…ただいま…」

結局、葵が帰宅できたのは6時頃。
とっくに高平兄弟も青木も帰ってしまっていた。
1人、葵を心配していた拓也は、

「どうした?そんなに罰掃除は長くなるのか?兄ちゃんが先生に言ってやろうか」


と、いつもは明るい弟の暗さによけい心配になり呼びかける。
が、葵は返事もせず柔らかく首を横に振るのみ。
一体何があったのだろう、と拓也は心配しながらもこういう時は下手に話しかけるのも野暮なので「飯出来たら呼ぶから」とだけ告げて、台所へと向かった。

ふらふらと自分の部屋へと足取り重く向かう葵を見ながら。




自分の部屋に着いた葵は、未だずきずきと痛む腰を抑えながら、自分のベッドに勢い良く飛び込んだ。
非番だった拓也が、干しといてくれたのだろう。
太陽の香りが鼻腔いっぱいに広がり、心地良い。
その気持ちよさに、瞼がゆっくりと重くなっていった。

今日は、色々なことがありすぎた。
それは葵の体にも、心にもひどく負担がかっている。

ずきずきと、痛むのは体だけではない。
瞼を下ろし、ぼんやりと今日の出来事を振り返るだけで、じんわりとした痛みが胸の辺りに染み渡るのだ。

ぎゅ、と胸の辺りのシャツを掴む。
それで痛みが軽減される訳も無いのに。


『齋藤!またお前はンな格好しやがって…!』


鬼のような形相で自分に向かってくる鷹島。
言いようも無い恐怖に駆られながら、葵はよく走って逃げた。追いつかれるくせに。
でもそのほんのちょっとした鬼ごっこがちょっとだけ、楽しかった。


『普通にうまいな、』

自分の作った料理を、全部旨そうにたいらげてくれたのは、とても嬉しかった。
葵が、誰かに料理を作るなんて初めてだったから。


ぽつぽつと、鷹島との会話や過ごした時間が葵の心の隙間を埋めてゆく。


最近は鷹島の笑顔を見ることが出来るようになった。と言ってもやっぱり怒った顔の方が葵に見せるのだが。


『懲戒免職してもらう』


そう言った鷹島の表情は、見たこともないくらい真剣で。葵の心を痛いくらい締め付けた。

ぎりぎり、と締め付けられる胸。
葵はシーツに痛みを分散しようと縋りながら、しばらく唸り、カッと目を開けた。


そして、そのまま携帯のアラームを早業でいつもより早くセットし、スヌーズも5回以上に設定して、ダッシュで階段を駆け下りる。


「おお?葵!?」

いきなり元気になった葵に、拓也は目を丸くする。
念のために作っておいた夕食が無駄にならずに済んだのだ。
因みに今日のメニューはオムライスとポテトサラダ。葵の大好物である。


「いただきます!明日早く出るからよろしく!」

「お、おお…ゆっくり噛めよ?」

何度も頷いて、勢い良くがっつく葵。
あまりの食いっぷりにやっぱり誰かにフられたのだろうか、と哀れに勘違いながら拓也も夕飯を頬張った。



そして翌朝5時30分。
夏の朝はもうとっくに日が昇り、遮光カーテンが無ければ眩しく思える程だ。
そんな朝早くに、葵の部屋はアラーム大合唱。

2度目のスヌーズのおかげで、何とか布団から出ることが出来た。

(ううキツい…けど!行くぞ!)

まだ眠くてぐらぐらする頭を冷やすために、葵は一発自己ビンタを右頬に。
パシン!と爽快な音と共に眠気が吹っ飛んでいった。



今日は、終業式。


こんなに早く出る必要は無い。
しかし、葵は早くしなければならないのだ。



「いってきます!」


まだ眠っている兄に告げ、元気良く葵は家を飛び出した。




一方、鷹島は葵とは対照的に一睡も眠れずに居た。
それもそうである。
せっかく苦労して就いた教職を離れざるおえないのだ。しかも懲戒免職という最悪のケースで。その上自首。

どう校長に言おうか、云々悩んでいたら朝を迎えたのである。

もう一度寝ても仕方ないので、鷹島は睡眠不足のまま車を走らせ早朝の学校へと向かった。
幸い、まだ落ち込みの心のままだったので居眠り運転にはならずに済んだ。


そして今。


校長室の重たいドアの前に突っ立っている。
一応スーツをしっかり着てきた。さすがにジャージでは誠意を見せることは出来ないだろう。

何度もネクタイを直し、深呼吸をする。
怒鳴られる覚悟も、冷たい視線で見下される覚悟も決めた。
その一歩を踏み出すために、鷹島は自分の下で泣きじゃくって喘いだ葵を思い出す。
罪悪感と自分のした罪を再確認するために。



(…よし!行くぞ!)


ぐ、と拳を握り、重たいドアを2回ノックした。

ゴンゴン、と無機質な音が鳴る。



「どうぞ」



鷹島は軽く会釈して、校長室へと足を踏み入れた。

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