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しばらく、癒しに心を落ち着かせている鷹島。
が、はっと自分が何をしているんだとようやく気づいた。
謝るつもりが被害者に慰められているとはどういうことか?
鷹島は慌てて体を放し、思いつめた表情で告げる。
「と、とにかく!悪かった…責任とって、明日校長に言って…安心しろ、お前の名前は言わない。
…懲戒免職してもらう」
ああ、でも慰謝料とか払わないといけないよな、と唸りながら考えはじめた。
だが、当の葵はそんなことより「懲戒免職」という一大すぎる決心に驚愕。
「え!?でも、俺がそんなときにふざけたのも悪いし…」
慌ててそれを止めようと、自分にも過失があることを主張する。
しかし、鷹島の決心は固い。
確かに女子でもあるまいし、責任をとる方法はこれしかないのだ。
鷹島だって、辞めたくなど無い。
しかも強制猥褻のお札つきで。
だが、鷹島は葵の頭を軽く2度叩き、やわらかく笑って、
「テレビで聞いたことあるけどよ、こういう時の被害者は自分が悪いって思い込むらしいな…けど、お前のせいじゃないから、」
そう言ってゆっくりと手を放し、今日は家まで送っていくとだけ呟いて、自分の荷物と葵の荷物を取りに、職員室を後にした。
彼が行った後をぼんやりと見つめる葵。
まだ頭を軽く叩かれた感触と、掌に残る鷹島の髪の感触と、抱きしめられた温かみが残る。
(懲戒免職…、先生は、この学校からいなくなる、のか…)
よくよく考えれば、バカな葵だって分かる。彼がそれ相応のことをしたのだと。
思いあってもいない男、ましてや10も年下の生徒を教師が無理やり犯したのならば、当たり前のこと。
確かに、ヤられたことはショックでショックで、無理やり挿れられた時は殺してやりたいとも思った。
でも、
(…いやだ…)
葵は1人残された、夕暮れの部屋で快感と恐怖に打ち震えた涙とも、童貞(というか処女)を奪われたショックの涙とも違う涙をはらはらと落とした。
本人も、涙を流しているとしばらく気づかないほど静か過ぎる涙だった。
ゆっくりと自分の腕を見下ろす。
赤く、痛々しい締め付けられた痕が生々しく情事を語っていた。
未だ、じんわりと痛みを帯びるその「傷」は訴えている。「それが妥当だ」と。
その頃、鷹島は1人齋藤のクラスまで荷物を取りにぼんやりと歩いていた。
まだ教室に残ってぺちゃくちゃとおしゃべりしている生徒たちの声も耳に入らず、頭の中では無音。
この若さで変態教師のレッテルを貼られ、独房に入れられ、出てきた時には工場勤めという何とも濃い人生を歩むようなのか…と自分の悲しすぎる将来に溜息を吐く。
しかし、それ以上に気が滅入るのは。
(…アイツ、すげぇ傷ついただろうな…)
距離が近づいたばかりの葵を傷つけてしまったということ。
脳裏に浮かぶは、人懐っこい笑顔で自分に話しかけ、弁当を作ってきた姿。
そして交互に浮かび上がる、先ほどの情事での乱れた姿。思い出すだけで、罪悪感と欲情が同時に圧し掛かるほど。
正直、最後まで抱いて欲情しなかったと言い訳できない。
押し倒した瞬間の怯えた顔に、そそられたといえばそれまでだ。
そこからもう、ダメだろ。そう鷹島はガックリと肩を落として、誰もいない教室に取り残された葵の鞄を引っつかんだ。
10も年下の男のガキに欲情したなんて変態以外の何者でもない。
しかし、そんな常識を持った理性とは裏腹に、満足感を覚える本能に益々溜息を吐くのだった。