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本屋から帰ってきた葵が抱えているのは、「初めてのお弁当づくり」「大人の男がよろこぶご飯」などの料理本と、近所のスーパーで買った材料。
本屋の女性店員にほんの少し笑われながらも、葵は明日のために恥をも忍んで買ったのだ。
それもそのはずで。


「ただいま!兄ちゃん、台所使っていい!?」

「おお、それはいいけど…なに、お前料理すんのか?やめとけよー」


珍しく休みの兄・拓也はけらけらと笑いながら、どうせカップラーメンでも食いたいのかと適当に流してコーヒーをすする。
が、音を立てて大量の野菜や肉や魚を台所のテーブルに広げ、同時に料理本を次々に開いた。

拓也の口から、コーヒーが噴出す。


「あ、葵!?お前もしかして本気か!?」

「さっきからそうだっつってンじゃねーか…うーんと、ロールキャベツおいしそー」

「ばか!初心者はまず卵焼きとかサラダとか!兄ちゃんのために作ってくれるのは嬉しいけど!」


葵は料理をしたことが無い。そのうえ不器用。
ロールキャベツなどいきなり難しいものをさせて台所を破壊されては非常に厄介だ。
特に、出張と単身赴任で家に居ない両親の留守中になどもってのほか。
しかし、いつもチャラチャラしてるだけの弟が料理を自分からしてくれるなど、拓也にとっては幸福。

多少失敗しても頑張って食べるか、と張り切っていると葵は疑問を浮かべた。


「兄ちゃんにじゃなくて、先生に弁当作ろうと思って…」


ガシャン、とリビングにコーヒーカップの割れる音がする。
一体どうしたのだろうと葵がキッチンから顔を出せば、わなわなと震える兄の姿。


「…兄ちゃん?」


話しかけるのも怖いが、とりあえず呼びかけると、兄はマッハで立ち上がり葵の下へ駆け寄ってその細い肩をわし掴んだ。
握力が強く、あまりの痛みに「ぎゃ!」と叫ぶが、それ以上の兄の叫びによってそれは打ち消される。


「葵!なんで、何で兄ちゃんには一度も弁当作ってくれなかったのに先生なんだ!?何があったら先生に作る場合が存在するんだー!?」

そんなおっさんより、俺に「お兄ちゃんお弁当食べて」って言ってくれ!と、兄はほぼ半泣きでぎゅうぎゅうと葵を抱きしめた。
相変わらず抱き心地のよい身体に若干にたにたしながら。全く持ってブラコンである。

しかし弟は。


「離せよ!きもい!俺、今日先生に弁当貰ったからお返しに明日あげるだけだっつの!つか、兄ちゃんに弁当作りたくないし」

ツン、とそっぽを向いて台所へと戻っていてしまった。悲しいことに兄にとっての可愛い弟は、少々(兄にだけ)反抗期。言い方を帰れば疎ましがっている。

小さい頃は「兄ちゃん兄ちゃん」と常に後ろを着いて来たのに、と昔を懐かしみながらいそいそと弟の邪魔にならないように自分の部屋へ兄は去っていった。



「よーし、とりあえず卵焼きから練習すっか」


弁当は普通朝作るものなのに、葵はバカなのか何も考えていないのか早速弁当作りに勤しみ始めた。
何度も何度も殻をぐちゃぐちゃに割るということをしながら。




数時間後。



「葵、今日は兄ちゃんと飯でも食いに行くか」

夕飯時になったので兄が自室から降りてきて台所を覗きながら告げた。
覗いた瞬間、思わず兄はうわっと叫んでしまう。
なぜならば、台所中に広がる負のオーラと焦げたような匂い。
中央には体育座りで落ち込む葵が居た。

「あ、葵?どうした?」

俯いて顔も見えないが、落ち込んでいる以外何者でもない。
話しかけづらいが、兄は恐る恐る尋ねた。
すると、


「…兄ちゃーん…!どうしよ、もう材料ねーし何一つ成功しなかった…!」


ぶるぶると震えて、今にも泣きそうな葵が顔を上げた。
その表情は、血の繋がった兄が見てもそそるものが若干あるが、それよりも台所に漂った変な匂いと黒焦げになったものが転がっていることが非常に気になる。

ためしに、皿の上にのったものを凝視すれば。


「…葵、これは?」

「…たまごやき」


先生の作ったたまごやき超うまかったから、俺も作ろうと思った…と、視線を遠い空中に向けながら呟いた。
ふと、兄はそれを聞いて、

「あれ?先生って女か?」

疑問を投げかける。
普通、手作り弁当など男性が作るとは思えないだろう。現に、兄の職場である図書館の男性たちは愛妻弁当ばかりだ。

「ううん、若い男の先生だけど」

「はぁ!?若い男!?そんなん別になぁ、牛丼でも握り飯でもいいだろ!そんなことより兄ちゃんとファミレス行こう」

兄はどうしても弟と外食をしたいらしく、軽々と弟を持ち上げ玄関へと向かった。
葵は制服のままだったので着替えは必要ない。
そのまま兄の車に乗せられ近くのファミレスに連れて行かれてしまった。拒否する気も起きない。


「落ち込むな葵、明日の朝起きて兄ちゃんとつくろうな」

「うざ…」

からからと笑いながら慰める兄を一瞥しながら、明日に向けて葵はがつがつとミートドリアを平らげた。


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