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生徒たちを自宅へ帰し、望月はやっとベッドから起き、久々に行く(気がする)職員室へと向かった。
さて、この騒ぎは担任教師的にはどのような処分になるかな、なんてことを考えながら。

入学式早々、あんな騒ぎを起こしてしまったのだ。
いくら自分が原因ではないとはいえ(いや30%くらいはあったかもしれない)平穏に済む訳がない。

望月はまた何度目かも分からないため息を吐いて、重たい扉を開ける。
この学校に赴任して、何度ため息を吐いたんだと落ち込みながら。







「…え、?」

様々な厳格な注意や処分を覚悟していた望月から出た第一声は間抜けな疑問符だった。
なぜならば、いつもの様ににこにこと笑っている校長から出た言葉が、


「お疲れ様です望月先生。明日からまた頑張ってくださいね。あ、あと東條ひよりのご両親から謝罪があるそうなので、明日の午後3時に面談室だそうです」


と、だけ。
え?処分とか書類とかは?いっそ飛ばされたいンだけど。という言葉もでないほど望月は呆然とした。
そんな望月に気づいているのか気づいていないのか、校長はまたにこにこと笑って、


「まだ慣れないかもしれませんが、徐々に打ち解ければ問題は無いですよ」


半分がやさしさで出来ている錠剤を、望月に手渡し校長室へと戻っていってしまった。
その優しさは、確かに彼の優しさかもしれない。

しかしまぁ、やっていけるのか俺は。
そう望月は思いながらも、先ほどの生徒たちの笑顔を思い出し、ぎゅっと貰った錠剤を握り締める。
小さな小さな粒は、彼の掌の熱で、溶けそうになった。




何とか処分や書類から逃れた望月は、明日の予定を確認した後、帰宅しようとふらふらと玄関にたどり着く。
もう外は夕日が落ちそうになっていた。
オレンジ色に染まる空を眺めながら、ぼんやりと靴箱から革靴を取りだす。
そういえば、今日はせっかく新品のスーツで着たのに皺くちゃだと思い出しながら。

すると、玄関の扉の外から、声が聞こえた。


「…先生!やっと来た…!」


声が呼ぶまま振り返れば、そこには夕日で赤く照らされきらきら光る金茶の髪。
それと同じくらい、きらきらと笑顔を浮かべている赤井晃一が、居た。

帰ったはずじゃなかったか、と望月は不思議に思いながらも、その笑顔に引き寄せられるように革靴を急いで履き、玄関の外で立っている赤井の下へ向かった。


「どうした?赤井」

そう聞けば、赤井はごそごそと自分のポケットを漁り、青色チェックのハンカチを取り出した。
アイロンをかけたのか、ピシっと売り物のように畳まれている。
一瞬、それがどうしたと言いそうになったが、その見覚えのある色に望月は慌てて自分のポケットを探った。
案の定、そこには自分のハンカチが無い。


「え、それ俺の…だよな?何で赤井が持ってンだ?」

赤井に貸した覚えは無いのだ。
望月は、もしかして赤井は手癖が悪いのか、と同時にハンカチを盗むバカがどこにいるんだとも思い混乱し始める。
そんな望月を見て、赤井はもしかして、と呟く。一瞬考え込み、そして、笑った。


「先生覚えてなかったンすか?先生、ひよりに頭突きされた後、ふらふら俺のトコ来て、鼻血出した俺に貸してくれたンすよ」

「うっそ…覚えてねぇ…」


意識を飛ばしてまで心配するだなンて、俺はどれほどこいつに執着してるンだよ、と望月は内心自分に呆れる。
例えそれが、生徒を案ずる心だとしても。

しかし、わざわざ洗ってアイロンまでかけて返してきたのだ。随分律儀だな、と気を取り直してそのハンカチを受け取った。

「わざわざありがとな」

そう告げれば、赤井は一瞬目を丸くして望月を見上げる。その瞳は夕日でオレンジ色にきらきら光っていた。あ、綺麗だなと思う間もなくその瞳は三日月形に歪められる。
また、嬉しそうに笑ったから。


「んん、俺のが感謝してるっスよ。…ありがと、先生」


はにかみながら赤井は嬉しそうに言った。
その笑顔が、やけにきらきらしているように、望月は思えて仕方ない。儚いように見えて、思わず手を伸ばしたくなるほどに。

疲れていたのかもしれない、いや実際疲れているのだが彼は。

気づけば望月の腕の中には赤井が納まっていた。
思わずぎゅうぎゅうと腕の中の男を抱きしめる。いくら子どもとは言え、大の大人の男が高校生の男子を抱きしめることがあるか、と冷静な部分が薄っすら自分に呆れた。
しかし、望月にはもうそんな事はどうでも良かった。

生徒らしい生徒、純情、可愛い。


「赤井、お前は可愛いな…!」

いい子だ、と金茶の髪をわしゃわしゃと撫でる。
パサパサしているかと思えば、意外にそんなに痛んではいないらしくふわふわと柔らかい。しかも、何だかあったかい匂いもする。

「せ、先生…!苦し、くるしい!」

が、赤井にとってはかなり悲惨な状態だった。いきなり担任教師に思い切り抱きしめられ、可愛いとなんて言われ。しかも、ひよりの蹴りを避けたりガードしたりと薄っすら気づいていたが、強い。その抱きしめる強さも半端じゃ無い。


「先生!せんせー!せぼ、背骨折れるっ…!」

ギシギシと鳴り始める背骨に、赤井はぞっとし始める。このまま折れて脊髄も折れて下半身不随なんかになったら人生台無しだ。そんな自分の末路を考え、赤井はアホなことに涙腺が緩んでくる。
そのときだった。


「…こうちゃん!?望月先生!?何してんの!?」


神の声(赤井にとって)が降って来た。
おかげで、望月もようやく正気を取り戻し赤井を解放する。
息もままらなかったので、赤井は一気に呼吸を荒げた。足りない酸素を何とか吸いながら、声の主に泣きつく。


「ひより…!」

「はいはい、怖かったねー」


自分より身長の低い女子に泣きついている姿はなんとも滑稽だが、それが不思議と可笑しくないのは性格故か。
望月は変なカップルだな、と思いつつもひよりの誤解を解こうとし始める。

「わりぃな、でもお前の彼氏に手は出さねぇから。出すんだったらお前に出すし」

なんてな、と冗談を交えながら。
しかし、当のひよりはあっけらかんとして、


「え?彼氏?誰がですか?」

「え…いや、赤井…」

ひよりは途端、可愛らしくからからと笑う。


「先生ったら!こうちゃんはただの幼馴染ですよ!」

「あ、そうなのか…?」


あまりにも仲が良いので彼氏彼女かと思いきや、ただの幼馴染。それにしては仲が良いよな、と望月がひよりの肩を叩きながら言おうとしたそのとき。

またもや顎に衝撃。
なにこれデジャブか?と思ったときには、もうアスファルトへと倒れていた。
不意打ちだったので受身も出来ず。


しかし、先ほどと違うことは衝撃を与えた人物が違うということ。




「…ひよりに近づくな!変態教師!」




望月は目を白黒させて、彼を見る。
憤慨しているのか、眉尻が上がりきり、眉間にしわが寄り、血管が浮き出て顔が真っ赤。
会ってそんなに経っていないが、初めて見る赤井の怒った顔。

あれ?2人は恋人同士では無いよなと疑問に思うも、赤井の口から「変態教師」と言われた傷が深すぎて言葉に出来なかった。


握り締めた拳がぶるぶると震えている。先ほど望月を殴った赤井の手。
殴りなれていないのか、真っ赤になっている。


そのまま、赤井は望月を見向きもせず走り去っていってしまった。
未だ呆然としている望月をひよりは慌てて気遣いながら、


「先生ごめんなさい!こうちゃんアホだから…!まだ子どもなの!ごめんね!ごめんね!」


ぺこぺことひたすら謝り、赤井の下へ駆けていった。
それをまた呆然と見やる望月。
ズキズキと痛む顎を摩りながら、


「…何で1日に2回も顎負傷しなっきゃならねぇンだよ…」


と、がっくりと肩を落とした。
赤井はまともでいい子だと思っていたのに、とショックで。更にちょっとした冗談で「変態」と決め付けられ嫌われたのだ。


これからどうしよう。
25歳、教師歴はまだ1年の新人。
そんな彼に重たい枷をどんどんくれる居もしない神を恨んだ赴任1日目が終わる。

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