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正直、「静かにしろ」と一喝する気も起きない。
ここは飛行機の滑走路か、と思うほどの騒音。
とりあえず、配布物を配るかと望月は前列に人数分のそれを置き始めた。
案の定どの列も気づかない、が。
一番先頭の端に座る先ほどの彼だけが律儀にそれを受け取っていた。
やはり不良ぶってるが真面目なのか、と確信し渡そうとしたそのとき。
「もちつきセンセー、1枚足りませーん」
ぎゃはは、と下品な笑い声が後ろから響く。
おおいつの間に俺の名前を覚えてたのか、と変なところで感心を持つも、明らかに悪意たっぷりで名前を間違えていることには少々腹が立った望月だが、「はいはい」と返事して余ったプリントを渡した。
が、そこは一筋縄でいかないのが問題児。
「すんません、もちつきセンセー、やっぱ1枚ありましたぁ、あれ?あったけなかったけぇ?」
非常に、バカにしている。
しかし中学生抜けたての子ども相手にブチ切れる望月ではない。
「どっちだよ…あと、俺の名前には濁点が必要だ」
すると別の生徒が、
「もぢつきセンセ?」
「もちつぎセンセ?」
と、げらげら笑った。
正直腹が立ってきた望月だが、おかげでクラスのばらばらだった騒音が、自分をバカにして笑うだけのものに変わったのでよしと思うことにする。下手に刺激するのも、怒られ慣れた彼らにしても仕方ない。
「わざとだろお前ら」と、茶化しておくかと口を開けようとした、が。
「ちょっと!静かにしなよ!失礼でしょ!」
だん!と机を叩きながら立ち上がる女子が1名。
先ほど「こうちゃん」呼びした小柄な女子だった。
おお、学級委員長タイプかと最近オタクの友人から薦められた変なライトノベルを思い出す。
望月はとりあえず、その女子を宥めようと近づいた。
しかし、悲しきことにここは普通のクラスではない。
「はー?るっせぇよブス」
「小学生の学級委員長か!」
と、まぁ口々に男女混合悪口非難大会に。
このままではせっかくの貴重な不良ではない子が不登校になってしまう、と望月は慌てて「やめろ」と叫ぶ。しかし誰も聞く耳持たず。
とにかくまだ興奮して「うるさいのが悪いの」と言いつづける彼女を止めようと、望月は宥めようとした。が、それよりも早く、隣に居た男子生徒が、
「うるせぇのはテメェだろ!」
と、思い切り彼女の頭に拳を入れた。
女子に暴力を振るうとは、なんて奴だと望月はやっと怒りがふつふつと湧き出た。
おかげで、後ろで「そこのお前逃げろ!」という声が聞こえなかった。
「ごめんね〜?殴って〜」
あからさまにバカにした口調。
ぶるぶると震える彼女。
望月が、「大丈夫か」と近寄る。が、
「…テメェ、ぶっ殺す」
小柄な肩は望月の手を振り切り、目に見えないほどのスピードで叩いた男子生徒のみぞおちに膝を入れた。
鈍い音が響いたと思えば、おげぇと胃液を吐き出す生徒。
望月の脳内回路はショートした。
「ンだこの女…!?」
すると、蹴られてKOされた男子生徒の友人ららしき集団が彼女に殴りかかろうとする。
案の定、一発顔に入る。
が、彼女は揺らぎもしない。
口の端が切れたのか、血がじんわりと滲んでいた。
「いってぇな…」
「あぁ?」
「いてぇっつってンだよ、ボケが!」
そこから先は、阿鼻叫喚。
向かって来た男たちに、蹴りを繰り出し殴り、頭突きなどなど一方的にボコボコにしてゆく。
「ひより!止めろって!」
「うるせぇ晃一、だまってろ!クソむかつくンだよこいつらぁ!」
おお、あの真面目な男子生徒は晃一というのか、と望月は変なところで納得する。
が、そんなことをしている場合ではない。
入学式早々負傷者どころか死傷者を出してはいけない。
急いで暴れ狂う女子生徒を止めるべく、彼女を背後から捕まえる。
タッパもリーチも体格も望月のほうがあるので、軽々とそれはつかまる。が、尋常じゃないその腕の中の力。
気を抜くとこちらの腕まで持っていかれる。必死に望月は歯を食いしばり、
「やめろ!暴力じゃ解決しないンだ!相手はただ君を恐れるだけになる!」
そう説得するも、彼女の箍はとっくに外れ、望月の声など聞こえない。
とにかく引きずってでもこの子を廊下に出さなければ、と望月はドアを目指した。
が、目に入るは先ほどひよりに蹴られ青ざめて震える男子生徒。
望月は教師だ。
苦しむ子どもを放っておけるわけもない。
それが仇となるのに。
「大丈夫か!?お前、…!」
「せ、センセ危ねぇ…!」
その男子生徒は、腕から離れた彼女を見て叫ぶ。
まだ殴り足りないのか、その尋常じゃない蹴りが男子生徒めがけて、飛んできた。
「ぐ…、すげ、蹴り…」
しかしそれは、望月のガードで何とか男子生徒に当たらずに済んだ。
びりびりと痺れる腕に苦い顔をするも、望月はその痛みを無視してまた彼女を取り押さえようとする。
しかし今度は簡単にはいかない。
次は望月をターゲットにして蹴りを繰り出してくる。
望月はなんとかガードをするも、女子相手に手を出せる訳も無くずっと受身のまま。
スペースもないので危うい、一発入れるか入れないか迷い始めたそのとき、
「止めろ!先生に手ぇ出すな!」
彼女の背後に、先ほどの晃一と呼ばれた男子生徒が彼女の腕を掴んだ。
望月の血が引く。
嫌でも見た彼女の実力(体格2倍もあろう巨漢の男子を蹴り3発とヒールドロップで片付けた)が彼に及ぶのを。
案の定、肘打ちを打たれ、飛ばされる彼。
「…!大丈夫かー・・・」
ガードも何もかも忘れ、彼に近寄ろうと駆け寄ったそのとき。
彼女の頭突きが、思い切り顎に入りキまった。
遠のく望月の意識。
その中で聞こえた声は、さっきの男子生徒で。
ああ、無事だったんだなあと安心した瞬間それはプツリと消えた。
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