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雨が降り注ぐおかげで、せっかく灯した線香の火が消えた。徐々に湿り気を帯びて、すっかり意味の無いものになってしまったそれに、祐樹は震える。
それでも雨は降り続け、祐樹の髪をしとどに濡らしていった。

ぽたり、ぽたりと雫がいつの間にか出来た水溜りに落ちてゆく。


焦点も合わさずに、祐樹はそこばかりをただ見つめた。
それが水溜りだ、ということも思わずただ視点をそこに向ける。
このまま振り向いていいのか、立ち上がっていいのか。そればかりを考えて、祐樹は何も言えずに居た。

西條が来て何分経っただろうか。
雨音が響く中、やっと西條がまた唇を動かした。
持っていた傘を、祐樹にも差しながら。



「何で、ここに居る」


先ほどまで自分に降り注いでいた雨粒よりも冷たい言葉に、祐樹は心臓を掴まれる様な痛みに苛まれる。
何で?と聞かれて祐樹は答えることが出来ない。
西條にもう一度笑いかけて欲しいから、話したいから。それが、墓参りとの理由になるのか?
必死に「言い訳」を搾り出そうと祐樹はしたが、言葉に出たのは。



「…すみません、俺、俺…なんとなく…」


祐樹でも分かる、その言葉の非常さと言ってはいけないタブーな意味。
なんとなく、で人の墓参りに来たり、過去を掘り返したりするものではない。
ハッとして口を塞いだときにはもう遅かった。


祐樹の背中に軽い痛みが走る。
ガシャン!とした音は自分の背中に傘が投げつけられたからだと痛みが引いてから祐樹は気づいた。
驚いて振り向けば、そこには見たことも無い西條の怖い顔。怒ったような、悲しんでいるような、呆れたような表情を、していた。



「…謝るなら最初からすンな
なんとなくで人のコト探ってンじゃねえ

…迷惑なんだよ、お前が俺に近づくのは!」








祐樹の全身に、激痛が走る。
それは直接的な身体への痛みではない。
こころに、その激痛は襲ったのだ。


やってしまった、という後悔よりも苦しそうに頭を抱える西條への謝罪ばかりがあふれ出る。


ばかみたいだ、同情じゃないかこれは。
一番、祐樹自身が嫌いだった生ぬるい同情を、自分で西條に被せてしまった。

祐樹の唇が戦慄く。
開いた唇から伝った雨粒が口の中に染みる。
それでも言葉が出てこない。「ごめんなさい」という言葉も、何もかもが出てこない、祐樹には分からない。


西條の伏せた睫毛から、雨粒が滴り落ちる。
あの日もこんな雨だった。ただでさえその事実が苦しいのに、目の前の男は何を言っているんだ、と西條はただただ言いようも無い怒りに拳を握り締めた。

自分と卯月はそこまで連れ添っていた訳ではないが、なんとなくの興味本位で墓参りに来て欲しくなど無かった。…西條は、それが祐樹の本心ではないと気づかない。逆上せ上がった思考はいつもの洞察力を完全に奪っていた。


沈黙が雨音と共に響く。
それを打ち破ったのは、祐樹の必死な小さい声と、逃げるような足音だった。


「…ごめんなさい…!」


と、言っていた。薄っすらとしか西條は聞こえなかったが。もしかして泣いているのではないか、と西條は慌てて走ってゆく祐樹を追いかける。
いくら祐樹に怒りを感じていても、彼を泣かしたまま放置が出来ない。そんな自分の曖昧さに舌を噛みたくなった。

そもそも、祐樹はどうやってここに来たのだろうか。
ふと疑問が浮かぶ。歩いてきたのか、電車で来たのか。とにかく1人では帰れないだろう。

祐樹は足が遅いのですぐに追いつく。
が、祐樹が追いつかれる前に辿り着いた場所は、西條も見知った男の所だった。

びしょぬれになった祐樹の頭をタオルで覆い、早く車に入れと心配そうに囁く。
望月が、俯く祐樹に寄り添い優しく背中を撫でていた。


先ほどの怒りとは比べ物にならないくらいの怒りが込み上げてきた。
焼け焦げるような怒りに、西條は望月の元に駆け寄った。

(ふざけるな、岡崎は…、)

と心の中でそこまで言っておきながら考えるのを止め、望月の胸倉を掴もうと手を伸ばした。
望月はそれを甘んじて受けたが、素早く祐樹を車の中に突き飛ばした。同時にチャイルドロックをかけて。

いきなり車の中に入れられた祐樹は驚く。
すぐにでも起きた方が良いのだろう。しかし、


(…西條さんが、こわい…!!)


身を起こせば、後ろから追いかけてきた西條の姿を見ることになってしまう。
それが怖くて、祐樹はシートをびしょぬれにしながら身を丸めた。
西條の怒りが怖いのではない。
これ以上、嫌われることを恐れたのだ。

祐樹の思考全てが、先ほどの西條の怒りと呆れに満ちた声をリフレインさせる。




パワーウィンドウの外では、地を這うような声が、雨音の中に響く。


「朔哉、てめぇ何で連れてきた」


怒り狂った男の瞳の色に、望月は少し怯えながらも、その瞳をじっと見返す。
祐樹が何か言ったのか、それともやはり自分の過去に介入してくる者は祐樹でも許さなかったのか。
それとも、祐樹が望月に縋ったことへの嫉妬なのか。

多分どれも正解かもしれない、と望月は溜息を吐いた。そして、



「…俺はてっきり、岡崎くんと一緒に昔のことも抱えて生きていくのかと思っていた」



ゆづきから聞いたこと、西條と祐樹がお互いを見る視線で気づいたことを呟く。
西條は目を見開いて驚き、望月の胸倉を掴んでいた手を緩めた。その瞬間、


頬の肉が裂けるような痛みが西條の右頬に襲う。
倒れそうになるが、西條は何とかその衝撃に耐え、踏ん張り目の前にいる自分を殴った男を睨んだ。

望月はその瞳を怒りに歪めた瞳で見返し、低く静かに怒鳴った。



「俺は、いわば第三者かもしれねぇ。お前らのこと、お前のことに何か言う資格も無いだろうよ。でもな、

テメェはいつまでそこに縋ってンだよ!テメーで見つけたもんが、近くに居るのに何で後ろばっかり見てンだ?!お前含めて誰が幸せになるンだ!」



西條の心に、思い切り冷たい弾丸が打ち込まれた。
何も言い返せず、西條は呆然と望月を見る。

望月はひとつ舌打ちをして、運転席へと乗り込む。
これ以上西條の顔を見ていられなかった。
一度も西條への慰めの言葉もかけてやれなかったのに、久々に会ってかけた言葉が、これだからだ。


無我夢中でギアチェンジし、アクセルを踏む。
急激なスピードに悲鳴をあげる祐樹の声も聞こえないくらいに。




望月の車が排気音を立てて過ぎ去った後も、西條はその場に立ち尽くす。
じんじんと痛みを帯びてゆく右頬を押さえもせず、ただ呆然と。


『お前含めて誰が幸せになるんだ!』



「…くそっ、…ちくしょう…!」



西條は両膝を地面に落とし、そのまま目の前のアスファルトに数発拳を打ちつけた。
打ち付けた拳からは血がだらだらと流れ、見るも無残なことになる。
それでも、その痛みよりも。
望月の言葉と、祐樹の泣きそうな顔を思い出すほうが、辛かった。




(…分かってんだよ、…分かってんだよ、そんなことは…)


アスファルトに滲んだ血が、雨水によって流れて薄くなってゆく。
雨はどしゃ降りになっていった。


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