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土曜日があの人の命日だから、きっと西條は次の日の日曜にゆっくり墓参りするはずだ、とゆづきにアドバイスされた祐樹。

彼女と西條の両親の墓のある場所までは、望月が送っていってくれるので祐樹は駅で望月の車を待っていた。

空を見上げれば、灰色の雲が西から東へゆっくりと空を埋め尽くすように動いている。
向こうに着く頃にはもしかしたら雨が降るかもしれないな、と祐樹は溜息を吐いた。
今日は傘を持ってきていないのだ、目的地に既に西條が居ればいいのだが。


ふと、西條のあの静かな声を思い出す。
もし自分と会っても、まだあの声のまま自分を避けたままだったら?もし、下手に傷ついて二度と笑い合うことができなくなったら?
そんなネガティブ思考が脊髄を犯して、祐樹はぞっと身震いする。


「おーい、岡崎クン」

昼と夕方の間のおかげで、静かな駅前に望月の声が響いた。
はっと祐樹が顔を上げれば、そこには既に助手席のドアを開けて待っている望月がいたのだ。
慌てて一礼をしながら駆け寄り、助手席へ乗った。

望月の好みのCDが車内で静かに響く。
聴いたことはあるが、アーティストの名前が出てこない祐樹は、しばらく耳を傾けた。



「線香とかは俺が買って来たから」


望月はギアをドライブに変え、アクセルを踏む。
駅前の道は少し狭いので目を凝らしながら何とか方向転換し、西條の両親とあの人が眠る場所へと車を走らせながら荷物の確認を祐樹にさせた。


「はい。俺も仏花とお供えものと水持ってきました」

「重くなかったか?」

「平気っす」

そんなに遠くないンで、と祐樹は言いながら持ってきた紙袋に望月が持ってきた線香と新聞紙も詰め込んだ。
その代わりペットボトルと供え物は持つから、と望月が言うのでもう1つの紙袋にそれらを移し変えながら。


祐樹は墓参りをあまり経験したことがない。
盆と彼岸は先祖代々の墓に祖父母とともに行くが、話したこともない人に手を合わせるのはどこか現実味がなかったのだ。

かと言って、今回もそうなのだが。
祐樹は西條の両親に会ったこともないし、ましてや南條にも会ったことはない。顔すら、知らない。
手を合わせてよいのだろうか、と思う。

西條は、誰よりも深く愛していた両親と、彼の光だった愛する人を思って、思って手を合わせるのだ。
きっと、色々なことを思い出しながら。


祐樹の胸の真ん中が、穴が開いたように痛んだ。


それを打ち消すように祐樹は音楽に耳を傾ける。
この曲はそうだ、英国のジャズミュージック。
スローテンポな曲に、少しだけまどろんだ。





ぽつり、
一粒雨粒が祐樹の頬に当たる。
もう降ってくるのか、と慌てながら祐樹と望月は墓場に続く坂を駆け上った。
ここの霊園は丘の上にあるので、街を一望できる。
綺麗なところに建てられているな、とぼんやり眺めながら祐樹は望月の後ろを着いていった。

見渡す限りでは、自分達以外に人は居ない。
どうやら西條は来ていないようだ。もしくはもう済ませたか。
済ませてしまっては意味がないが、せめて手を合わせて冥福を祈りたい。

辿り着いた墓石の文字には「西條」の文字。
横にある石版を見れば、いくつかの名前の欄の一番目新しい所に両親であろう名前が刻まれていた。
弘樹と瑞穂。それぞれの名前から西條の名前は付けられたのだろう。


祐樹はぼんやりとその名前を横目で見ながら、線香をまとめて捧げた。
以前西條が来て綺麗にしたのだろう、墓の周りはゴミもなく墓石も綺麗にしてあった。
1人で、墓石を綺麗にしている西條を想像して祐樹はぎゅっと目を瞑って手を合わせる。

まるで心が同調するかのように、苦しくなった。


「…西條さんのご両親って、どンな人だったんですか?」


その苦しさを紛らわせたくて、祐樹は隣で一緒に手を合わせている望月に小さく問う。
幼馴染ならば、知っているはずだからだ。

望月は返事をせず、ゆっくりと立ち上がり伸びをした。遠くを、見つめながら。



「…父親も母親も優しい人だったよ。俺のことも息子みたいに可愛がってくれたなぁ…。瑞樹は父親似だな、性格も。母親は優しくてのんびりした人だったから」

はは、と小さく笑う。
望月は久々に思い出す彼の両親に思いを馳せた。
本当に、優しい人たちだった。
そんな人たちに育てられたのだから、あんなジャイアンでも本当は優しいヤツなのだ。

家族で『でかけられない』望月を、西條の両親はよく一緒に遊びに連れてったりしてくれた。
望月にとっても両親のような存在。

『朔哉くん、水族館と動物園どっちがいい?』

西條の父がわくわくしながら自分にそう話しかけたのを思い出す。
今思えば、西條は父親によく似たなと思う。

『ほら瑞樹も朔哉くんも手を洗っておいで、お母さん張り切っていっぱいご飯作ったから』

にこにこといつでも優しく接してくれた西條の母。
のんびりとした性格だが、西條と望月が何かしらやらかすと静かに怒られた。

そんな3人と一緒にいることが、望月も幸せだった。
それ以上にきっと西條が、彼らが、幸せだった。




「…なんで、いい人ばかりが死んじまうンだろうな」


小さく搾り出された声を、祐樹は聞く。
その呟きに返事は出来ない。なぜなら、それが否定できない幻想のような事実だから。

人が死なないことは、出来ない。
それがどんな形であるかなど、誰も予測は出来ない。

でも、それがいっぺんになんて、むごすぎるだろう。
祐樹は悲しそうに眉を顰める望月から視線を外して、丘のそれまた上のほうを見やった。

ふと、この霊園の一番てっぺんであろう所にある墓石に釘付けになった。


『南條』と刻まれた苗字。
それが彼女の家の墓石だとは確証が持てないが、祐樹は何故か急いでそこへと走っていく。

いきなり駆け出した祐樹に、望月は驚きながらも追いかけなかった。なぜなら、その場所が彼女の眠る場所だから。


望月は西條の両親が眠る墓石に今一度手を合わせて、先に車へと戻っていった。
遠くで見えたシルバーのセダンを見つめながら。




一方、祐樹は息を切らしながらようやくその場所へ着いた。丘の上へは意外に距離があったのだ。
霊園の中で一番てっぺんにあるそこは、先ほどの場所よりも街の風景が一望出来た。
個々の店などは見えなかったが、なんとなくあそこがゆづきの店で、近くに望月の家があるのだろう。

ぼんやりと眺めながら、祐樹は迫り来る雨雲を恐れて、慌てて持ってきた線香に火を灯した。

風や少し降る雨から火を守るのに夢中で、後ろから聞こえてくる足跡にも気づかずに。


やっと線香に火を灯すことが出来、独特の香りがする煙が昇るのを見ながら十数本線香置き場に置く。
昇り行く細い煙を眺めつつ、横にある石碑をちらりと見た。

南條卯月、享年20歳。
西條とあまり年齢が変わらないのか、と見つめる。
祐樹は彼女の容姿も、声も知らない。
それでも、西條の「光」になるような人なのだ。きっと、綺麗で優しくて、暖かい人だったのだろう。


もし、彼女が生きていたら。


こんなことを考えるだけで失礼なのだが、幸せそうに笑う西條が想像できる。
胸の奥が、チクリと痛んだ。
どうしてだろう、と祐樹は思いながらもゆっくり手を合わせる。冥福を祈るために、瞼を下ろそうとしたそのとき。



「…岡崎、?」



西條の声が、心底驚いたような音程で響いた。
直接背中から響くその声に、祐樹の手が震える。


振り向けない、振り向くのが怖い。
まるで全ての空気が無くなったかのように祐樹は息苦しくなった。
別に怒りのオーラが祐樹を射抜いた訳ではないのに。



雨が、本格的に降り始めた。

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