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「…私がね、話しちゃったの」

しゅん、とゆづきは項垂れながら小さく呟く。
彼女のそんな声を初めて聞いた祐樹は、驚いて顔を上げた。いつも笑顔のゆづきの顔が、とても悲しそうに沈んでいた。

とんとん、と小さくカウンターを指で鳴らす。


「ここを辞めて、ホームセンターに就職してから私何度か見に行ったの、瑞樹のこと」


そこで、なんとなく祐樹は店長が以前自分に言っていた「西條の彼女」がゆづきだと気づいた。ただの勘違いなのだろう。ちょっと天然な店長ならありえる事実だ。今、このタイミングで思い出すのもどうかと思うが。

そんな祐樹にやんわりと視線を送りながらゆづきは話を続ける。


「やっぱりね、嘘の笑顔を作ってたわ。他人なら分からないけれど、身内なら分かるもの。…周りに壁も作っているような感じだった」


そんな西條を見たことが無い祐樹は、ぼんやりとゆづきの話を聞き続けた。
西條が悲しんで、苦しんでいる、ということを想うだけで胸が苦しくなるのを抑えて。


「でもね、1年前くらいからかしら…何だか心から笑ってくるようになってるなぁって思ったの。何でだろう?って思って姉さんに聞いたら、…岡崎くんが来て瑞樹と話すようになってきてから笑うようになったって」


祐樹はぱちくりと目を丸くする。
自分と話すようになってきて、西條は笑うようになってきたなんて実感が湧かない。
必死に最初の方を思い出すが、その頃祐樹はあまり対人関係が得意ではなかったのでとりあえず一生懸命西條の話を聞いて、話して、バイトの業務を覚えようとしていた気がする。


「うちに飲みに来るときもね、結構岡崎くんの話するのよ?またアホやらかしたーとか、ヘマしたーとか。楽しそうにねぇ」


それ愚痴じゃないか、と祐樹はイラつきながらも、何だか嬉しくなった。
楽しそうに、という言葉がとても嬉しい。


「だから、岡崎くんなら瑞樹の昔のことを知っても、瑞樹は一緒に笑ってくれるって思ったの」


へらっと力なく笑うゆづき。
この人は、西條の幸せを願っているのだ。
そう、祐樹は気づいた。
それはきっと、ずっと目を伏せて黙ってしまった望月も同じ。

祐樹はその笑顔を見て、じんわりと涙腺に涙が滲むのを必死に抑えて、ゆるやかに首を振った。



「…あのとき、俺が、俺が泣いちゃって、…でも西條さんは俺にありがとうって」


言ってくれて、抱きしめてくれたんだ。そう、消え入るような声で告げた。
あの時、祐樹にはなぜ抱きしめられてなぜありがとうと言われたのかさっぱり分からなかった。

今、薄っすらとだけ分かる。
それを隣でずっと黙っていた望月が、はっきりと口に出して表した。



「…岡崎くんが、瑞樹のことを想ってくれたから、だろうな。アイツ自身をちゃんと見るヤツはあんまり居ないからな」


見た目やスタイルだけに惑わされて、閉ざされた扉を「自分は優しいから」という勝手な偽善で開けようとする人はたくさん居た。
けれど、西條にとって祐樹は違ったのだ。

それなのに、


「…でも、!西條さんは最近、俺と目も合わせないし、話しても前みたいに笑ってくれない!」





どうして?
西條のこころが、分からない。





それは、ゆづきにも望月にも分からなかった。
頭を抱えて俯く祐樹にかける言葉も見つからず、2人は西條の思考を頑張って考える。
が、所詮は他人。そのうえ、幼馴染や長年の知り合いとは言えども家族のように本当の本当の心までは知らないのだ。
そして、こんなに西條のことで苦しんでいる祐樹を見たくない。

…今更、西條が祐樹の同情を疎ましがったり、突き放したりするだろうか。

望月はふと、思いつく。
ハイボールを飲み干して、潤った喉から少し明るく声を出した。祐樹の顔を上げるために。



「…瑞樹はまたあのことを思い出して落ち込むのを見られたくないから避けてるのかもしれねぇよ?だからさ、落ち込んでるの見ても大丈夫だって分かってもらうために墓参りに行くか?」



祐樹の顔が上がる。
幼馴染の望月が言っているのならば、きっと自分を避けている理由はそれかもしれないのだ。
祐樹は悩む時間もなくすぐに頷く。
ゆづきも「それはいいかもしれないわ」と嬉しそうに笑った。



西條が祐樹を避けている理由など、そんなことではないのに。



結局、望月が飲んでしまったので、家まではゆづきに送っていってもらった祐樹。
また西條と笑って話せることを願いながら今週の日曜の墓参りに思いを馳せた。

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