雨天土砂降る
----------
梅雨時期にはまだ早いのに、ここ最近雨ばかり降る。
じめじめした空気は店内にももやもやと広がり、湿った空気が苦手なくせっ毛の持ち主を苛立たせた。
ひよりもそのうちの1人。
イライラしながら何度もポケットに入れたクシで、ボリュームが増える髪を何とか整える。
新しいワックスを買おうかな、と溜息を吐きながら悩んだ。
髪を伸ばしてからというものの、不便が多い。
ふと、そんな自分と似たような髪質の祐樹を見ると、やっぱりいつもよりぴょこぴょこ所々髪が跳ねていた。
相変わらず黙々と休憩中でも単語帳を開いている祐樹。
最近からという訳ではないが、3年に進級して少なからず受験を意識し始めたのだろう。
前よりも余裕無く何度も単語帳を往復させていた。
何だかそれだけでは無いような気も、するのだが。
ひよりはここ最近の祐樹と西條に疑問を感じていた。
何だか、余所余所しい。
真面目な彼らは勤務中私語はあまりしないのだが、休憩や仕事終わりは結構仲良く喋っている。
それにひよりや赤井も混じってよく会話していた。
しかし、最近めっきりそれが無い。
西條が忙しいから相手できないのか、祐樹が勉強に夢中なのか。
それとも、何か2人の間にあったのか。
ひよりは小さく唸りながら、ずずずとカフェオレを音を立てて飲み干す。
じろじろと祐樹を見つめて。
祐樹はその視線に、ふと気づく。
単語帳を慌ててしまいながら、
「ごめん、来週模試があって。何かあった?」
3年になって、一気に模試や小テストが増えた。
祐樹は元々テストに向けての勉強をしないのだが(毎日予習復習を怠っていないから)、さすがに難易度がどんどん上がっていく模試では勉強しなければならない。
ひよりにはその状況がよく分からないが、とにかく大変そうだなと同情する。
「いえ、単語帳とか凄いなーって思って見てただけですよ。そういえば、岡崎先輩って得意な教科とか苦手な教科とかあるンですか?」
文系理系の区別すらよく分からないひよりは、とりあえずそこら辺を聞いてみた。
そういえば、こういった雑談をするのは久々な気がする。うっすら、そう思いながら。
祐樹は一瞬天井を瞳だけ動かして見てから、
「んー…あンま意識したことは…ああ、でも最近数学の点数がちょっとヤバいかもしんね…」
ヤバいと言っても、本人にとってヤバいと思う点数であって、周りはそれくらい採れていれば十分だ!と思うような点数である。
しかし、祐樹が狙う大学の学部は理系。
数学をしっかり採らなければならないのだ。
すると、ひよりがそれを見かねて、
「そういえば!私の担任数学担当なンですよ!放課後暇そうだし見てもらっちゃえばいいンじゃないですか?何かこの辺に住んでるっぽいし」
と、提案した。
祐樹はバイトがあるので、放課後数学担当教諭に質問しに行けないことも見かねてである。
ひよりは毎度発言のタイミングを失敗しているが、積極的に人に気を使えるいい子だ。
とてもありがたい、と思うも。
祐樹は知っているのだ、その人物を。
「…それって…望月って苗字の人?」
「え!?知ってるンですか!?」
知っているも何も、赤井との会話でほぼ自己紹介していたのだ。数学の点数についてと、担任。これだけで、ひよりと赤井が同じクラスと知らなくても大体合致する。
祐樹は口の端をひきつらせながら、
「いや…、間違えた途端卍固めとかやられそうだからいい…」
とやんわり断った。
目の前で赤井への制裁を見て、尚且つ西條との幼馴染。色々と気まずくて恐ろしいのだ。
しかし、
「え?あの人問題ある人にしかしないですよーだから大丈夫ですって」
「そうかなぁ」
「岡崎先輩は意外に頭良いから大丈夫です」
意外に、という言葉に多少もやっと来るも、数学教諭から直接教わるということは捨てがたい。
祐樹は何回かだけという条件だけつけて、ひよりの言葉に甘えて了承した。
(お前、まだあの人の所に行くのか)
ふと、思い出すは望月が西條にかけた小さな言葉。
俯いて見えなかった西條の表情。
そして、クリスマスのあの日ゆづきから聞いた西條の過去。
「…俺は、関係 無いしなぁ…」
ぼそりと漏れた独り言。
ひよりはその言葉に目をぱちくりさせ、
「なにかあったンですか?」
と、珍しく空気を読み祐樹の顔を覗き込んだ。
慌てて渋くしていた表情を普段の表情に戻して、祐樹は大きく目の前で両手を振った。
「いやいや!別に!俺ちょっと疲れてンのかな!」
「大丈夫ですかぁ?勉強のしすぎで倒れたりとかはダメですよ」
「大丈夫大丈夫!」
ひよりにすら勘付かれるほど(そう言ったらかなり失礼だが)自分は何かあったように見えるのだろうか、と祐樹は気を落としながら、元凶がいつも座る椅子をちらりと横目で見た。
そこに彼は居ないのに。