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今日は珍しくレジ業務に当たった祐樹。
1年半ほどやってきた仕事なので、たとえ祐樹がぼんやりとしても体が覚えていて何とかなる。
もう小計と合計を押し間違えたり、バーコードをスキャンし忘れたりはしない。
けれど、いつもの笑顔が無い。
常連のおばさま方やおじさんたちは皆口を揃えて「どうしたの岡崎くん」と首を傾げて聞いた。
いつもにこにことして、彼らからしたら息子のようで可愛らしいと実は評判なのだ。
そんな彼が、まるで昔のようにほとんど無表情。
「岡崎君、体調悪いの?」
宮崎も心配して話しかけるほど。
彼女もまた、祐樹の変わっていく様子を見てきた人物。
最初の頃は、祐樹はとても無愛想で。
生意気というわけではないのだが、接客で笑うということが出来なかった。
それを変えたのは、
「…西條くんと喧嘩でもしたの?」
宮崎の言葉が祐樹の図星を突く。
喧嘩をした訳ではない、それ以前の問題だ。
祐樹は震えそうになる声を必死に抑えて、笑顔を作った。
「ちょっと、腹の調子悪くて…大丈夫っす」
「そう?お薬飲む?」
「いや、治ってきたんで…」
乾いた笑いを浮かべながら、レジ待ちの間行うポップ作りに勤しみ始めた。
無言でさくさく行う姿も、やはりおかしい。
宮崎は眉間に皺を寄せながらも、彼がそう言うならばそうなのだろうと仕方なく納得して自分の業務に戻った。
(…なんでこんなに、だるいンだろ)
やっと宮崎が自分の心配を止め、祐樹はほっとした。
が、重たい心は晴れない。
ひどい脱力感が、彼を襲う。
何度溜息を吐いても、胸に溜まったもやもやした霧はより詰まるばかり。
祐樹は、そんな自分を一瞥したいのか、軽く胸を何度か殴る。咽に何か詰まったのか、と思うような行動だが、そうでもしなければ呼吸困難になるのではないかと思ったのだ。
でも、やっぱり晴れない。
(…帰りてぇな…)
薄っすらと弱音を心の中で呟いた。
きっと、帰りも同じような態度をとられるだろう。
やっぱり、嫌われてしまったのかと祐樹はまた弱弱しく心の中で何度も呟く。
店内BGMの有線放送が遠くに聞こえる程に。
「すみません、」
おかげで、祐樹は横で呼ぶ男の声が聞こえなかった。
「あのー…店員さん」
男は何度目かになる呼びかけを祐樹にする。
買い物目的ではないのか、商品を持ちもせず、ただひたすらぼんやりとする祐樹に話しかけた。
男は少し訝しげな顔をしながらも、もう一度声のボリュームをあげて、呼ぶ。
「おい!ちょっと、聞いてンのか!」
やっと男の声は祐樹に届いた。
ただ、急に聞こえたため、祐樹は大げさに体を跳ねさせ、「はい!?」と叫ぶ。
面白い反応だな、と思いながら男は、走り寄って来る祐樹を見下ろした。
「申し訳ありませんでした・・・その、ぼんやりしちゃってて…!い、今お会計するンで!」
わたわたと慌てながら、祐樹はレジの前に立つ。
が、男は商品も何も持っていない。
灯油か外の商品だろうか、と思い祐樹は男の言葉を待った。しかし、男は「ああ、ごめん」と軽く謝る。
「買い物じゃなくて、ここで働いてる赤井を呼んでほしいんだけど」
「こ…、赤井くんっすか…?」
そうだ、と男は頷きながら微笑む。
黒縁眼鏡の奥に見える瞳は、とても優しい。
つい、我を忘れて見つめてしまうほどだ。それに、祐樹は今更気づくが彼はだいぶ男前である。
今流行の草食系というものだろうか。黒目がぐりぐりとしている瞳。だが大きすぎず、大人の男にぴったりの大きさ。
顔も小さく、鼻筋も通って、背も高い。
西條とはまた違った上級の男前に、祐樹は口をあんぐりと開けた。
「…えーと、聞いてる?」
男は、いつまでも自分を凝視している祐樹を不思議に思って聞く。
すれば、祐樹はまたわたわたと慌てて、
「あ、はい!ちょっと、待ってください…い、今放送で呼ぶンで…!」
「ありがとう、」
笑顔もまた、優しそうな…。
と、祐樹はまた見惚れる。こんな男前が、赤井と知り合いなのかと不思議がりながら、レジの近くにある放送用マイクを取った。
そのとき、
「…朔哉…!?」
背後から、バサバサと大量の紙を落とす音と、驚愕の声。
何事かと、祐樹と男は同時にその音の方向を振り返る。そこには、目を丸くして呆然と立ち尽くす西條が、居た。