13,
----------
すっかり、西條との不安を忘れた祐樹は、新しい「友達」が出来て嬉しくて仕方ない。
いつの間にか2日などあっという間に過ぎてしまった。


今日もシフトは運が良く赤井と一緒。
祐樹はバスを駆け下りるように降車し、早足で店へと向かった。
今日は釣りの仕方を教わろう、リールとか言ってたけどなんだあれ?なんて考えながら。

ふと、祐樹は薄っすらと今日西條が応援から戻ってくることを思い出した。

少し足が重くなるが、それでも心は前へ進もうとする。
祐樹の心に残ったポジティブ精神と、西條の笑顔を思い出して。



(大丈夫、多分眠かったんだ)


そう、信じて少し早歩きで事務所ロッカー室のドアを開けた。



「あ、祐樹先輩おはようございます」

「おはよ、晃一くん」


いつの間にかお互い名前で呼び合っている赤井が先にロッカー室で着替えていた。
着替えと言ってもエプロンを着るだけなのだが。

祐樹も隣のロッカーからエプロンを取り出し、鞄を入れた。ちゃっちゃとエプロンを着ながら、隣の赤井に話しかける。


「そういや、あれあれ、リールってなに?」

「え?リール知らないンすか?あれ無いと巻き上げられないンすよ」

「へぇ、チェーン売り場にあるやつみてぇな?」

「まぁそうっすけど」

2人で話題に花を咲かせる。
祐樹は雄太以外にこんなにはきはきと喋れる友人は無に等しかったので、嬉しくて仕方ない。
ふと、もう1人話していてとても楽しい人をぼんやりと思い出した。
でも、今 赤井と交わす会話とは嬉しさのベクトルが何だか違う。

何でだろう、と思いながら今日の作業割り当て表を確認しようと事務所へと向かうと。

その、もう1人がその前にドアを開けた。


久々に見る顔。
変わる訳は無いが、少々疲れている表情を浮かべている。
不思議と、じわじわと熱いものが祐樹の中から湧き上がってきた。


「あ、おはよう ございまス」

反射的に挨拶が出てきてよかったと祐樹は心底思う。
何であんなに息が詰まったんだろう、と未だ呼吸が満足出来ない自分に驚いていた。
怖いのか、と一週間前の冷たさを思い出す。

すると、数秒後。

「ああ、…おはよう」


また、素っ気無い声。
それは一週間前にも聞いた音。
祐樹の心にまた、冷たいつららがいくつも刺さった。

もしかして応援で疲れているのかもしれない。
そう思いたかったのに、それよりも祐樹の心にはさっきの素っ気無い声ばかりがリフレインを止めなかった。

思わず唇を噛み締めて、祐樹は早足でロッカー室を出る。
そんな彼を、赤井は慌てて追っていった。


「祐樹先輩!待ってください俺も行きます!」


その声を聞いた西條は、目を見開いて赤井の出ていった方を振り向いた。
しかしすぐ後ろを向き、溜息を吐く。

(…俺が口出すすることじゃねぇだろ)


危うく赤井に向かって「お前なンで名前で呼んでるんだ」と言いそうになった自分に失望する。
自分がいない一週間で仲良くなったのだろう。そう理解した西條は、その方が諦めがつくのだと自分で自分を無理やり納得させた。

何の諦めかなど、考えないようにしながら。



1人、静かすぎるロッカー室でまた溜息を吐く。
むしろ反吐が出そうになった、自分に。

西條が素っ気無く返事をした後、早足で事務所へ行った祐樹の後姿はひどく寂しそうだった。
それに、自分に素っ気無くされると悲しいのかと嬉しく思う素直な自分と、そんなことを考えている自分への失望感に苛まれる。




ロッカーから携帯を取り出し、カレンダーを見る。
来週の土曜日の日付は赤く色づいている。



あの場所に行く度に、思い出すことがある。
それが、今の西條はひどく羨望していた。
思い出すたびにギリギリと締め付けるような痛みが、今この呼び覚ますような感情を忘れられる気がして。


- 86 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -