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「ごめん!赤井君!」

いきなり祐樹は手を合わせて謝る。
一体何だと赤井が思う間もなく、見えた世界は一瞬にしてぼやけた。


柔らかくてそれでいて温かくて。
唇を包むそれは一体なんだろう。
赤井はしばらくそれが何か分からなかった。

何度か瞬きをすれば、何かに当たる。
それが意外と長い祐樹のまつげだと気づいた瞬間、赤井は身を固めて青ざめた。



(な、ななななにしてんだこの人!?)


やっとキスをされていると理解出来た直後、赤井の頬を掴んでいた祐樹の手が離れ、唇も離れた。
焦点が合った目で、当の祐樹を見れば。

うえ、と今にでも言いそうな嫌悪感丸出しの顔をしていた。
赤井にとって、意味が分からなすぎる。
嫌ならなんでキスしたんだ、罰ゲームか!?とわたわたと思いながらも、言葉がなかなか紡げない。
驚きすぎて。



「な、ななな、なにしてンすか!人にいきなりっ…!!」


普通、男女同士でもいきなりキスはしない。ドラマじゃあるまいし。
そのうえ、あまり親密でもない男同士など論外。
赤井は「頭打ったんすか!?」と怒りに似た問いかけを叫んだ。
ファーストキスという訳では無いが、あまりにもショックすぎる。それは、なぜか祐樹も一緒で。


「いや…ごめん…俺も嫌悪感しか感じない…」


してしまったという後悔ばかり。
やっぱり、自分は男にキスなど無理だと確信した。
じゃあ何で西條とはこの嫌悪感が無いのだろう、と祐樹が考え始めた。
が、それと同時にがっと肩を掴まれる。


「じゃあ何でしたかちゃんと説明してください」


怒りと驚きの含まれた声が、同時に腕を動かし祐樹の細い肩が揺らされる。
ガクガクと揺らされるがまま、祐樹は必死に


「わわわかった、わかったからちょ、っと止めてくれ!」


脳が揺すぶられるような恐怖を止めた。

赤井はとりあえず言うことを聞き、揺すぶるのを止めじっと瞳を見つめる。
相変わらず自分と違って、アーモンド形で大きすぎないが細くも無い小動物みたいな可愛い目をしているな、と思う。
鼻も口もいい感じに小さくて、唇は薄いけど形がいい。さっき触れたがとても柔らかいなと思った。

そんなことを考える赤井ははっとする。

(いやいや!俺、何意識っして!?)

何とか祐樹を意識しそうになる自分を抑えながら、祐樹のいきなりのキスの理由に耳を傾けた。



「いや…その…、もしかしたら西條さんに中條くんと同じ部類に思われて嫌われたのかもしれないって思って…違うよな!?という証拠を手に入れたかったん… です すみませんでした…」


「え…なにごと…!?」


つらつらとある部分を含まずに理由を言えば、赤井は瞬きを何度もして首を傾けた。
ここで「西條さんとキスしたからそう思われたのかもしれない」と付け足せば嫌な方向にだが納得するだろう。
しかし、同時に赤井の軽蔑のまなざしが脳内に浮かび上がる。祐樹はそれだけは避けたいと何とか嘘を突き通そうと他にも言い訳を考えた。

が、それを言おうとする前に赤井が。


「嫌われたかもって…好かれてましたっけ?いや、俺や中條よりは好かれてるとは思いますけど…」



ズバッと、祐樹の言ったこと全てを否定した。
元々好かれていないのならば、嫌われるも何も無いのではないか。
赤井は、まだ祐樹と西條との付き合いが浅いので、はたから見た西條と祐樹の仲の良さを知らない。

が、それ以上に知らないのは本人たちだ。
自分は嫌っていないのだが、相手はどうか分からない。
その不安を、的確に打たれ、祐樹は自分では理解できないほどのショックを受けた。


いきなり押し黙る祐樹。
もしかして傷つけてしまったか、と赤井が慌てて「いや、間違えました!」と訳の分からないフォローを入れようとした。が、


「は、ははは、そうだよな!嫌われてるのに今更…だよな!」

乾いた笑いを出した祐樹に、これ以上何も言えなかった。
何か話題を変えよう、赤井は必死に話題を搾り出そうと目の前で俯いたままの祐樹を見る。
普段からそんなに会話もしないので、彼の趣味や見ているテレビなど微塵も分からない。

そこで、赤井の搾り出した問いは。



「お、岡崎先輩の、ご趣味は!?」



お見合いか。

俯いていた祐樹の表情が、ぽかんと呆けた顔になる。
やってしまった、と赤井は青ざめた。
ひいいと咽奥で小さく悲鳴を上げながら、心の中では担任教師の「バカだなお前」と言う声が何故かリフレインする。


「…ふ、はははっ、!ご趣味ってお見合いみてぇ…!」


笑い声に気づけば、祐樹は顔をくしゃくしゃにして腹を抱えて笑っていた。
先ほどとは打って変わった笑顔。
赤井は、こんなに笑う祐樹を見たこと無かった。


(あ、あれ?あれ?)

なんだか、ひどく嬉しい。
勝手に頬が緩んで、心なしかわくわくしてくる。
ひよりにも、他の女子にも無かったそのトキメキに、ごくりと唾を飲んだ。

ふと、過ぎるは担任教師の意地悪な笑顔。
いやなんでそこで先生だよ、と自分でツッコミを入れながらも、

「いや、はは、知らなかったなーって思って」

と会話を続ける。
実際、フォローよりも知りたい気持ちが上回ってきたのだ。
目の前で笑う、1こ年上の先輩に。


「えー…別に俺の趣味とか…あ、これ西條さんには言うなよ」

「ハイ!2人だけの秘密っす!」

「そこまで重くなくていいから…んーとね、俺 花壇作ったり野菜育てるの好きだ」


その意外な趣味に、赤井は目をぱちくりさせる。
最近行動が小動物のようだと気づいたが、それ以前は普通の(ひよりを狙ってはいない)男子だと思っていたので、意外である。


「だからここ紹介されたンだ、えーと分かる?北條先輩っつンだけど」


「ああ、はい。ひよりが随分気に入ってた…知り合いっすか?」


「うん、幼馴染…かな。つーか赤井くんも言えよ!なに?」


「えっと、俺は釣りが好きっす。楽しいっすよ!」


「へぇ、俺もやろうかな」


「あ、じゃあ今度一緒に…」


結局、祐樹が望んでいた通り話が逸れた。
その代わり、今まで知り合い程度だった2人がより仲良くなり、まるで友達のようになる。

それがなんだか嬉しくて。
祐樹は西條に避けられているのではないか、という不安もすっかり忘れて仲良く一緒に補充をテキパキと終わらせた。

もちろん、閉店後も仲良く話している姿をひよりに見られ、

「いつの間に仲良くなったの?」

と、まん丸な目を更に丸くさせた。

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