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西條が応援という名の出張に出て、5日が経った。
彼がいないと確かに店の方は忙しくて仕方ない。
普段西條がどれほど業務をこなしているか全員が身をもって知った。

そんな忙しい中、祐樹はせかせかと倉庫で1人上の方に積みあがったトイレットペーパーを下に移動させていた。
人手が足りないとはいえ、レジはひよりが担当しているので問題は無い。呼び出されたら行けばいい。
今日は赤井と2人で商品補充作業である。


ふと、祐樹はぼんやりと西條のことを思い出していた。
5日前、彼を自宅に泊めての翌朝のこと。



寝ぼけていた意識がようやくはっきりしたものになったとき、祐樹は黙々と歯磨きをしていた。
そういえばどうやってこっちに来たんだろうと不思議に思いながらも、祖父母そして西條と一緒に朝食を摂った。

相変わらず祖父や祖母にやんやと話しかけられて、西條は少しだけ困った顔をしながらも嬉しそうに会話をしていた。
それを見て、祐樹も顔を綻ばす。


西條が1人だと知って、自分にできることはせめて家族のように団欒することだから。
それを同情からくる偽善だとかは一切思わなかった。
ただ、恩返し以上の何か。


朝食を摂り終え、西條は酒もすっかり抜けたので帰宅する準備を始める。
ちょうど祐樹も朝から出勤だったので、玄関まで一緒に行こうといそいそと素早く隣で同じように準備した。




「じゃあ俺はこれで…、お世話になりました」

玄関で、帰宅する西條を見送る祐樹の祖父母に深々と頭を下げ礼を何度も言う西條。
祖父母は「そんないつでもおいで」と優しく言ってくれた。
それは嬉しいが、西條は内心もう来れないなと心の奥底で溜息を吐く。

隣で祐樹が、
「俺もバイト行って来るね」
と靴を履きながら祖父母に告げた。
隣で祐樹を複雑な気持ちで見下ろす西條の視線などに気づかずに。



いつもなら、2人のときは会話があった。
たいていくだらない話や、西條が祐樹をからかったりなどばかりなのだが、西條はいたって無言。
眠いのだろうか、と思いながらも祐樹は、


「そういや応援終わるのいつっスか?」

といつものように会話を切り出した。
すると西條はちらりと祐樹を見るも、すぐに視線を外してしばらく無言し、車に乗ってから、


「…1週間後だ。店まで送ってってやっから乗れ」

静かに告げた。
なんだか変だと祐樹は感づく。
いつもだったら普通に…例えば先ほどの返答だったら「1週間後だ、ちゃんとやってろよ…つか乗ってけ送ってってやる」と多少高圧的だけれども(それもいつもだけれども)多少なりとも言葉にそんな鋭利な棘は無い。

祐樹は「あざぁっす」と呟くように礼を言いながら後部座席に座った。


先ほどの少し棘のある言葉が怖くて、会話が切り出せない。
西條が怖いなんて、昔から思っているはずなのに。
それとは違う恐怖がじわじわと空気から伝わってくる。
機嫌が悪いのだろうか。
ふと祐樹は気づく。
もしかして、自分や祖父母がしたことが逆鱗に触れて究極にイライラしてるんじゃないか。

祐樹はそうだと決め付けると、慌てて、


「あの!…俺、寝てるとき蹴っちゃいましたか!?それとも涎垂らしたとか…もしかして食べ物に嫌いなもんでも…!?」


原因を知ろうと質問攻め。
しかし西條はそれらどれにも怒っていない。
祐樹はおとなしく腕の中で寝ていたし、元々食べ物に好き嫌いはほとんど無い。
むしろ、怒ってはいないのだ。

複雑すぎる心に、祐樹が気づくはずも無い。

西條は込み上げそうになる笑いをこらえ、また静かに質問に返した。


「何もねぇよ」



冷たい氷の棘が、祐樹に抉るように刺さる。
やっぱり、機嫌が悪いんじゃないか。と口を尖らせながら、祐樹はこれ以上会話を切り出すことはやめた。





(訳わかんねー西條さん!やっぱ嫌いだ…)




半年前は散々嫌いだ嫌いだと思っていたのに。
それがまるで初めてのようで祐樹は口元を歪ませ眉間に皺を寄せた。




それっきり西條に会わず5日経ったのである。
応援(出張)なので会わないのは当たり前だが、もう明日からは新学期。
昼のシフトも無くなり、夕方も増えたアルバイトのおかげで減るだろう。
給料も気になるところだが、あのままほとんど会わずにあの状態のまま月日が経つのが嫌で仕方ない。


(あーもう!イライラすンなちくしょう!いらいらいらいら)

それがなんだか激しいいらつきを覚えさせる。
祐樹はイラつきを脱出しようと、ひたすらトイレットペーパーの箱をどかどかと勢いよくどんどん下に下ろした。


すると、倉庫入り口からぱたぱたと足音が聞こえる。
誰だろうと振り向けば、そこには呆れた表情をした赤井が居た。


「あーあー…何やってンすか岡崎先輩…」

トイレットペーパーの箱まみれになった床を見下ろしながら、赤井はほとほと呆れて話しかける。
自分よりバイト歴は浅すぎるはずなのに、しっかりとしすぎて申し訳なくなる祐樹。
ごめんつい…ともごもご言いながら、出しすぎたダンボールを元の位置に戻し始めた。

そんな祐樹を見て、赤井はふと呟く。


「西條さんに怒られたくてやってるとしか思えねぇ…」

しかしそれはしっかり祐樹に聞こえていた。
今、一番触れてはいけないワードに、祐樹はばっと赤井の方を振り返り、勢い良く詰め寄った。


「ンな訳ねぇし!西條さんなンてどうだっていい!」

「おわわわ…すみません、つい…」

普段、西條以外に怒りを見せない祐樹が自分に怒鳴ってきて赤井は身をすくめる。
申し訳なさそうに祐樹を見下ろしながら、普段西條にからかわれちょっと怒りながら言い返してる祐樹の怒りとは別物だと悟りもう一度謝った。

しゅん、と落ち込む赤井。
怒りが多少静まった祐樹ははっとそれに気づき、


「ごめん、八つ当たりみたいなことして…!」

慌てて赤井は悪くないんだと言い繕う。
そうっすか?と少し凹んだ気持ちを元に戻しながら赤井はほっと安堵の息を漏らした。

祐樹は安心して、またダンボールを元に戻そうと赤井の下を離れた。
ふと、そこでぼんやりと気づく。
なぜこのタイミングで、という確証は全く無いが。


(もしかして…あの日、き…キスしてきもくないっつったから…ほもって勘違いされたのか?)


ただでさえ同性愛者である中條に性的対象で見られている時点でかなり嫌がっている西條。
あの時、西條も嫌じゃないとは言っていたがもしかしたら一宿一飯からくる義理でそう言ったのかもしれない。


(でも俺は西條さんを抱きたいとか一切思わないし!つかわかんねぇし…好きでも、ないし…嫌いだし!)

また心の中でイライラしながらも、西條にそう勘違いされ嫌われたのではと焦りが生じてきた。
このままでは、西條の中で祐樹も中條と同じグループと認識されてしまう。
それはさすがに普通の男子として究極に嫌だ。

どうしよう、どうしようと祐樹は頭を抱えた。
もはやそれが原因だと決め付けてしまっている。



「どうしたンすか、先輩?」


そんな祐樹の行動に、赤井は不思議がりながらも心配して顔を覗き込んだ。
歪んで細くなった祐樹の目が、ぱっと丸さを取り戻す。


「岡崎先輩?」


祐樹のアホさをまだ把握しきっていない赤井は、もう一度呼びかけた。
この後、それがイヤなほど分かるのだが。


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