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「ったく、あンの変態王子が…!ぜってぇキスなんかするか気色わりぃ…!」

祐樹を助手席に乗せて車を発進させた後も、不機嫌丸出しで呟く西條。
そのイラつきっぷりがやはり怖くて、祐樹はびくびくと怯えながらシートベルトを付けた。
出会って1年以上経つというのに未だ怖くて仕方ない。

ラジオのどうでもいい下ネタ話を聞きながら、ふと窓の外を見やる。
いつもの自分の帰り道。
どこからか来た桜の花びらが、ひらひらと舞い上がっては飛ばされてゆく。
今日も風が強いらしく、時折草や木がばさばさと身を震わせていた。

車に乗せてもらって良かった、と祐樹はほっと息を吐く。


ふと、西條がちらりと祐樹を見る。
薄っすら微笑んで窓を見る姿は、外が暗いおかげで窓ガラスに反射して見えた。
そういえば、そんなに正面から顔を見たことが無かったなぁなんて思いつつ視線を正面に戻す。


「…お前、いっつも何食ってンの」


無言でいるのも何なので会話を切り出す。
そういえば、今まで車に乗せたときは毎度毎度祐樹が寝ていたので会話らしい会話もしたことが無かったと思い出す。いつも会話を交わすのは、閉店後の事務室の中だけだから。

2人だけの空間には慣れているはずだけれども、車内という自分の半分プライベートの空間では訳が違った。


「あー…、ばあちゃん和食ばっかしだから…肉じゃがとか。あ、でも最近ロールキャベツとかハンバーグとか食ってますよ」


「ふーん。ハンバーグうまそうだな」


祐樹は思わず口に手を当てて笑みをごまかす。
25歳にもなってハンバーグに食いつくなんて。

「…何にやけてンだ岡崎」

だが、祐樹に隠し事が早々出来るわけがない。
あっさりバレてしまった。


「い、いや、別にぃ?」

「声裏返ってンぞ」

その上目が泳いで、斜め上を不自然に向いている。
どれほど不器用なんだと思うと、逆に西條が笑えてきた。もう少しつついてみようと、

「お前、俺のことガキくせぇとか思ってンだろ」

と、言ってみる。
自分がハンバーグが好きなことくらいガキくせぇと自覚してんだ、こっちは。と心の中で切ない言い訳をしながら。25歳。もうすぐアラサー。


「い、いや、あは、西條さんは大人っ、大人っす!そンな、ハンバーグおいしいし!」

案の定わたわたと無駄に大きいジェスチャーをしてごまかそうとしている。
本当、面白い生き物だ。そう西條はつくづく思って、そしてとうとう噴出してしまった。


「な、何笑ってンすか!」

「オメー、おもしろすぎだろ、ばーか」

「ひでぇ!」


いつしかラジオがただのクラッシックに変わったのも気づかずに、2人の談笑は続く。
祐樹の自宅を過ぎてしまう寸前にまでなるほどに。
おっと危ねぇ、過ぎるところだった。と西條が気づき、何とかそれは防げたのだが。

適当なスペースに駐車し、2人並んで玄関に立つ。
そういえば玄関から入るのは初めてだな、と西條はふと思い出した。
玄関から出て行ったことはあるが、入ったときは熱で気を失っていたのだ。当然である。

「ただいまー」

祐樹が玄関の奥に向かって声を出す。
西條にどうぞ入ってと促しながら。
すると、奥の方からぱたぱたと小さい足音が聞こえてくる。
西條が靴を脱ぎ終え、靴を揃えていると足音の主がやっと2人の下へ着いた。


「祐樹おかえり。あらあら、本当に来てくれたの!嬉しいわぁ、ささお上がりになって」

「どうも、お邪魔します」

西條は、笑顔で迎えてくれた祐樹の祖母に一礼する。
相変わらず優しくてやわらかい笑顔。目元がうっすら祐樹に似ている。

祐樹の祖母に案内されるまま、西條は祐樹と並んで小さな居間に腰を下ろす。
昔ながらの畳に座るのは久々だな、と西條はその感触を懐かしんだ。


「西條さんが来るって聞いてたくさん作ったのよ」

そう言って嬉しそうに料理をどんどん出してくる祖母。言った通り、エンゲル係数が凄まじい数値を叩きだしそうな量の料理をどんどん出してきた。
机にいっぱいいっぱいで、さすがに祐樹も「これは…」と焦る。

更に、「はい西條さん、男の人ですものどんどん食べてね」なんて嬉しそうに言って盛ったご飯の量は山盛り以上。
さすがの西條も少しひきつった笑いを浮かべる。

しかし、受け取らない訳にもいかないので(せっかくの好意であるから)西條は何とか笑顔で茶碗を受け取った。すると、背後のドアがガラリと開く。


「ただいまー…、お!西條さんいらしてたのか!今日の夕飯は賑やかだなぁ!」


帰ってきたのは仕事を終えた祐樹の祖父。
カラカラと人の良い笑い声を上げながら、嬉しそうに西條の隣へと腰を下ろした。


「おかえり、じいちゃん」

「おお、ただいま祐樹。今日も一生懸命働いてきたか?怪我してないか?」

「うん、なんもねぇよ」


わしゃわしゃと祐樹の頭を撫でる祖父。
やっぱり孫は可愛いもんなのか、と思いつつ西條は夕飯を食べ始めた。


「…うまい」


人の手料理を食べるのは久々で、思わず素直な感想が口に出た。
途端、目の前で3人がそれこそ嬉しそうに、似たような笑顔を向ける。
一瞬西條はたじろぐが、当の3人はわきゃわきゃと嬉しそうにはしゃぐ。

「いやぁ、ばあちゃん頑張ったかいがあったわぁ」

「西條さんどんどん食ってください」

「うまいだろう?これから毎日でも来てくれよ?」

祐樹の素直さは遺伝か、と思いながら西條は笑う。
最初の無愛想のときはこの家でどうしていたんだろうか、と昔のことを思い出しながら、から揚げを口に運んだ。
暖かい味。いつしか忘れていた手作りのものという、この世で一番美味しいものをかみ締めながら。



「いやぁ、家族が増えたみたいで嬉しいなぁ」

ふと、談笑していた中で祐樹の祖父が呟く。
にこにこと笑みを浮かべながら、西條に焼酎を勧めつつ。

「祐樹の兄ちゃんみたいな感じか?」

「そうですかね…?」

西條は苦笑しながら、焼酎を飲み干す。
ワインやビールだけでなく焼酎も好きらしい。とことん酒が好きなんだな、と祐樹は思いつつ西條が自分の兄だったら、と想像した。
が、全く想像できない。出来るのはいつもの店員とアルバイトの関係。

西條が兄だったら、いやだなぁなんて思いながら祐樹は祖母の出してきた饅頭をもごもごと口に放り込んだ。


でも、この賑やかな食卓があるのならばいいかもしれない。
そう、薄っすら彼は思った。

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