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祐樹は一度見たことがあるが、中条・ひよりは双方ともに西條の私服を見たことがなかった。
その姿に、中條とひよりが見惚れる中、当の本人は呆れながら2人の様子を見ている。

「おい、岡崎。あの2人どうした?」

見ただけでは分からないので、西條は近くにいた祐樹に尋ねた。
祐樹は一瞬答えられずに慌てる。よくよく考えても答えにくいことなのだが。
そもそも、西條にはまだ中條が身体を狙っていると教えていないのだ。
ここで言っては、きっとこの事務室は地獄絵図。

祐樹は目を泳がせながら、


「あーと…その…、な、中條くんが東條さんのおやつ食べちゃった…ンす…」



うそを吐けないバカ正直者だった。

西條はおろか、当の中條、ひよりもぽかんと口を開ける。その直後、爆笑の海。
西條に至っては腹を抱えて地団太まで踏んでいる。

せっかく考えたのに!と祐樹は顔を真っ赤にさせ憤慨し、ねこっ毛でくしゃくしゃの髪をよりくしゃくしゃに掻き回しながらその場から逃げようとカバンを取ろうと手を伸ばした。

が、それは飛び出してきた中條によって叶わなかった。なぜならば、カバンが置いてある所の前には西條が立っているから。


「西條さん!今日はどうしたんですか?お休みなのに…もしかして僕に会いに?」

わくわくとしながら、目を煌かせる中條。
若干涎が口の端から垂れているのは間違いではない。
西條はその顔を見ながら、顔を青ざめさせる。
口の端を引きつらせながら、


「ンな訳あるか!明日から応援だからジャンパー取りに来たンだっつの!」


気色悪いな、と呟きながらしっしとたかるハエを払うような手の動きを見せ、ロッカーから新品のジャンパーを取り出した。
普段、通勤にも着て来ているジャンパーは汚れがひどく洗っているらしい。


「そうなんですか、明日朝早いンですか?」

めげない中條はそれでも詰め寄る。
必死にひよりが「話しかけンな」と引っ張っても、意外に力が強いのかびくともしない。
もしかしてこれが原因か、と西條は察しながら


「別に、今回は近いから昼頃に出る」


と、適当に返事をする。が、それが間違いだった。
より目を煌かせた中條はひよりを振り払い、勢い良く西條の両手を引っつかんだ。
げっ、と西條が嫌な顔をするのも気にせず、唾を飛ばす勢いで、告げる。


「ぜひ、今日僕とご飯食べに行きましょう!僕のグランマが経営してるフランス料理店がとても美味しいンです!もちろん僕の奢りでっ」


何者!?と祐樹とひよりは同時に叫ぶ。
グランマ呼びもありえないが、フランス料理店を経営しているという単語に目玉が転げ落ちそうになる。
ようは、めちゃくちゃ金持ちである。

西條は一瞬「フランス料理店+奢り」のシチュエーションに心が揺らいだが、明らかにワインを飲まされまくって酔ったところに何かしでかしそうなところが見え見え。
しかし、ワイン。西條は酒が好きだ。
つぶれない程度に飲んでさっさと帰ればなんとか…とぐるぐる考えているなか、当の中條、そしてひよりは。


「ね?ね!?西條さん、今日はとっておきのボルドーを開けますから!」

「だめだめだめー!オメー酔った西條さんに何しでかす気だ!」

「はは、東條さん君はまだ子どもだから気にしないほうがいい」

「生々しい返事すんなぁ!」


さぶいぼを走らせるひより。
うっかり想像してしまったのは祐樹も同じである。
脳内で、涎をだらだらと垂れ流し「ふふ、いただきまーす」な中條がリピート再生された。
瞬間、祐樹のなかでまたもやもやと煙が上がる。
自然に眉間にしわが寄り、手のひらに爪を立てた。



なんか、イヤだ。



何でそう思うか、まだ決着がつかないが、祐樹は感情の赴くままに西條の手を、掴んだ。
ぎゅう、と両手で掴んで、ぐいぐいと引っ張ってゆく。カバンをとるのも忘れて、事務室の外まで引っ張り出していった。

引っ張られる西條はというと、ただただ呆然。
今まで、祐樹から触れられたことがあまり無いため、戸惑う。


気づけば、ひたすら前を見ていた祐樹が、ばっと西條を見上げ、



「…おれ、俺ン家で飯食って来ませんか!?」


なんて、誘った。
頬を真っ赤にさせ、わなわなと震えながら返事を待つ。
その様子がおかしくて、思わず西條は噴出した。


「お前…はは、顔真っ赤だぞ」

「ち、違、ちが、これは暑くてっ」

祐樹は火照る頬を隠そうと、西條から手を離す。
が、それは西條に捕らえられて無理だった。
自分よりも大きくて、骨ばった手が自分の手を握るのを見つめる。ふと、文化祭を思い出してしまった。

あの時は、ただ驚きと意味不明さしか感じなかったのに、今は。


「今から行っていいのか?飯の用意とか」

「大丈夫です、いつも俺が帰ってくると準備してあるから…あ、電話しとかないと!」


この掌の温かさが心地よく感じた。

そのころ、事務室でこっそり2人のやり取りを聞いていた中條とひより。
ひよりは何となく2人のことを勘付いているのであまりショックは無いが、未だ複雑な気分でいる。だが今はそれが好都合。
ずっと口を噤んだままの中條をにまにまと意地悪な笑顔を見つめて、


「ほらね?西條さんはだめなの。岡崎先輩に敵うと思うの?」

と敗北を促した。
2人に今同じことを言えば否定されるに決まってはいるが、中條には効果覿面だろう。
中條は変態だが、根は悪いやつではない。


「…そっか、きっと今西條さんを抱いてしまったら岡崎先輩悲しンじゃうよね…」

「そう!そうだよ!」

それは分からないけど、という言葉を飲み込んで、励ますように肩を叩く。
ついでに顔を覗き込んで、より説得を試みるひよりが見たものは、


「…じゃあ、キスだけで我慢するよ!」


とびっきりキラキラした笑顔だった。
いやいや、だけって何だだけって!?とひよりが突っ込みそうになったとき、ちょうどタイミング良く西條と祐樹が荷物を取りに来ていたことに気づく。

ばっちり、中條とひよりの会話を聞いていた2人。

西條は青ざめ、祐樹は真っ赤。
だが、2人同時に似たようなことを叫んだ。


「中條てめぇ、きもちわりぃこと言ってンじゃねぇ!!」

「俺と西條さんはそんな仲じゃねーし!俺が西條さん好きみたいな嘘吐くなー!!」



がぁっと2人同時に詰め寄る。
西條はなるべく中條に近寄らないように「俺はてめぇにキスなんかしねぇ!」と言ってジャンパーを持ち、祐樹に「行くぞ」と促して早足で店を出て行った。
その後を追いかけるように祐樹も慌ててカバンを持って走ってゆく。その前に、ひよりに向かって「違うから!」と一言叫んで。



2人が出て行ってひよりは、未だにまにまと笑みを浮かべ続ける中條に呆れた視線を送りながらやっと帰宅の準備を始めた。
心の中で西條に哀れみを送りながら。

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