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中條が、西條(の身体)を手に入れようと奮闘し始めて一週間が経った。
仕事を早く覚えたいからと店長に交渉し、西條と日中一緒のシフトを増やすなど、ある意味西條にとっては嫌がらせに近い状態が続いたらしい。

祐樹はというと、おかげであまりシフトに入ることが出来ず、入っても西條が休みの日か彼が早番のときばかりだった。
一週間、祐樹と西條は業務以外の言葉を交わしていない。


(…別に、そんなの前と同じだしなぁ)


祐樹は黙々とモップをかけながら考えた。
去年の秋までは、業務以外で喋ったことは無かったし、なにより関わらないように避けていたのだ。
今更もとの状態に戻ったってたいしたことはない。

そう、祐樹は思いたかった。

それでも正直な心は、「話したい」という願望を叫んでいる。
そんな自分が嫌で、祐樹は頭を振りながらダッシュでモップをかけてゆく。


「こらこら!ちゃんと丁寧にかけてね!」

「あ、はーい…」

宮崎の優しいお咎め。
これが西條だったら「てめぇはガキか走るンじゃねぇ!」と怒号と運が悪ければチョップが降ってくる。
やっぱり怒られるんだったら、宮崎さんの方がいいなと祐樹は1人頷きながら、ゆっくりと丁寧にモップをかけ始めた。





「お疲れ様でしたー」

今日も何の変化も無く終わった仕事。
祐樹とひよりと中條はタイムカードを切り、事務室に戻ってエプロンを外し、ロッカーへとしまった。

「ふー、もうすぐ春休みも終わっちゃいますねぇ」

「そうだねー」

祐樹とひよりはため息を吐きながら、過ぎてしまう春休みに思いを馳せる。
学生にとって、長期休みは大切なものである。
それがたとえほとんどアルバイトで終わろうとしていても。

ふと、ひよりが隣で鼻歌を歌いながら帰り支度をする中条のほうを向く。
そういえば、2人は同じ高校だっけと祐樹はぼんやりと思った。


「そういや、中條くん最近すごい入ってるよねシフト」

「ああ、そうだねぇ…出来る限り入ってるよ」

ほのぼのと会話する姿を見てほのぼのする祐樹。
いくら中身が双方ともに厄介(片方は元不良、片方は男好き)であろうとも、見た目は麗しき美男美女。
並んで会話するだけで、華が咲き誇る。

ぼうっと見ている祐樹に気づいたのか、ひよりは気を回そうと祐樹の方を向き、中條を指差しながらからからと笑った。


「聞いてくださいよ岡崎先輩!実はこんなキラッキラした王子な顔して、中條くん女の子に興味ないんですよ〜」


(あ、それ知ってる…)

とは言えない祐樹。
そうなんだ…と苦笑するも目は笑うことが出来ず、口の端が引きつった。
そんな祐樹の顔を見て、またひよりは悪意の無い笑い声をあげながら、


「大丈夫ですって!こいつの趣味は筋肉隆々というか、こうがっしりした男らしい男って話ですから、ね?」

「さすが東條さん分かってるなあ!さすが学級副委員長!」

「はは、別に私がそうじゃなくったって、もはや全校生徒知ってるからー!そういや、陸上部の先輩とはどうなったの?」

「ん?まあ、たまーに愛を育む程度さ!」


程度って、なんだ程度って!?と祐樹は口をぽかんと開けながら冷や汗をかく。
ひよりがそっちのコトに偏見を持たない(というよりは中條との関係はただの同級生というだけで親しくないため興味を持っていない)ことにも驚くが、中條のタイプが男らしい男ということ。

合致がいった。
だって西條は確かに男らしい男。尚且つ男前。
筋肉隆々とまではいかないが引き締まった身体。



「…はー…、だから西條さんかぁ…」


思わず感心のようなテンポでひとりごちる。
その言葉を、ひよりは聞き逃さなかった。

さっきまで朗らかに笑っていた顔が一気に、戦闘モードに切り替わる。
その瞳の煌きに、祐樹の背筋に寒気が走った。

まずい、東條さんは西條さんのことが好きだったんだった…!と今更ながら口を塞ぎながら祐樹は焦る。
この間、雄太と喧嘩している最中に「私は一緒に仕事できるだけでいい」と言っていたのでまだ好きというわけではないだろう。

しかし、嫌いなわけではない。

そんな人が、中條に狙われているのだ。
戦闘モードに火がつくのも当たり前。

ひよりの異変に気づかない中條は相変わらずにこやかな王子様スマイルを浮かべている。
ここは逃げろというべきか!?と祐樹が声を出そうとしたときにはもう、遅かった。


「テメーなに西條さん好きになってんだこらぁ!」


可愛らしい容姿との激しいギャップである乱暴な口調で、中條に飛び掛り、襟を掴みあげた。
その細い腕のどこにそんなパワーがあるのか、170を超えているはずの中條が軽々と持ち上がる。

「うわー!東條さん落ち着いて!」

慌てて祐樹が止めに入るも、聞く耳持たず。
このままでは中條がまずい、と祐樹は焦りながら中條を見た。が、彼はあっけらかんとして(多少は苦しそうだが)


「はは、落ち着いてよ東條さん…好きだといえば好きさ、でも僕にとってそれは恋愛感情では無いのだよ」



「え…?」


祐樹とひよりは同じような顔でぽかんとする。
理解ができない。セックスしたい=大好きだはないのか、こいつの脳の回路は一体どうなっているのだ。
2人とも理解できず無言。
ひよりに至っては、驚きすぎてうっかり手を放してしまった。

ごほごほと咳き込みながら、中條は語り始める。


「好きと言っても様々な感情があるだろう?例えば、友情での好き、肉親での好き、恋愛での好き…と」

ふむふむ、とアホな祐樹とひよりは真面目に聞き始める。


「僕にとって西條さんへの好きは、恋愛感情に似ている…が、純粋にお付き合いしたいとか結婚したいとかじゃないんだ!」

どういうこと!?とやっぱりアホな2人は純粋に驚いて食いついた。
そして、中條は拳を握り締め、


「彼は僕の下半身どストライクなんだ!しいて言えばセフレでも構わない!むしろ目的はキス以上の関係さ!」


と、語り終えた。
アホな2人は一瞬ぽかんとするも、その異常さはよく分かった。
ようは、西條の身体目当て だと。


「余計性質悪いだろーがー!!」

理解した途端、またひよりが中條に掴みかかる。
ゆっさゆさと思い切り揺らしまくりながら「この変態が!そういうのは学校内だけにしろや!」と罵る。というよりはほぼ注意に近い。
学校内でもそうなのか、と祐樹はぞっとする。


とにかく暴力沙汰は見ていられないので、祐樹は「やめろよ東條さん」とさりげなく止める。
祐樹に手は出せないのか、ひよりは一旦動きを止め(と言っても掴みかかったまま)祐樹をキッと睨み、


「岡崎先輩はイヤじゃないんですか!?西條さんが掘られるかもしんないんですよ!?」

「い、いや良くはねぇけど…」


想像するだけでおぞましい。
けれど、中條が西條のことを身体目当てだけだと知って変に安心している自分がいた。
なんでだろう、と思う間もなくまたひよりが揺さぶりを再開させようとしたのでまた祐樹は止めようとした。
そのとき、ガチャリとドアが開いた。



「何やってンだ、オメーら…」


今日休みのはずの西條が、呆れた顔をして入ってきた。

騒動の、原因のひとつが。

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