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無言で何も考えず、体の赴くまま祐樹はタイムカードを切る。
ピッ、とした小さな機械音に、レジの傍で展示用のカラーボックスを組み立てていた西條が振り向いた。

「おはよう、岡崎」

最後に会った時とはうって変わり、今日は少し機嫌が良さそうだと祐樹は安心する。
直後、その微かな笑顔を見て先ほどの中條の言葉を思い出してしまった。

『今すぐにでも抱きたいです!』

ぐわんぐわんと頭が揺らぎ始める。
何度もリフレインする衝撃的な言葉に、祐樹は西條に返事が出来なかった。
男が男を好きになるのは、身近な存在に雄太が居たのでそこは大して衝撃的では無かったが、まさか抱く」まで考える人がいるとは思わなかったのだ、祐樹は。

まだ、性行為云々をよく分かっていない彼は希少種かもしれない。

そんな希少種が返事をしないので、西條は不思議に思ってもう一度声をかける。

「おい、岡崎」

すると、口を開きっぱなしでぼんやりとしたまま、祐樹は息を吐き出すかのように言葉を出した。



「…抱くってどうやって…」


「は?」


突拍子も無い言葉に、西條は思わず顔を歪ませ素っ頓狂な声を出す。
その声に、祐樹は自分が危ない発言をしたのだと気づき、顔を青ざめて、「ああああ何でも無いです俺今日補充なんで行ってきまます!!」とパニックを起こしながら倉庫へと猛スピード(と本人は思っているが実際はかなり遅い)で駆けていってしまった。


「何なんだ一体…」

そんな祐樹を見て、不思議に思った西條は思わずひとりごちる。
いつも変な行動をするが、今日は増して変だ。と失礼すぎることを思いながら、後で様子でも見に行くかと手早くカラーボックスを組み立て始めた。


背後で舐めるように視線を這わせる中條に気づかずに。





一方、倉庫に駆け込んだ祐樹はというと。
ぼんやりと宙を見ながら、黙々と重たい粉洗剤のケースをひたすら台車に積んでいた。
直で倉庫に来たので、在庫数も知らないのにひたすら積む。
そんな自分に気づかないほど、祐樹は衝撃を受けていた。
ぽかんと口を半開きにしたまま、ぐるぐると先ほどの言葉を頭の中でリピートさせる。


(抱く?抱きしめるじゃねぇよな…えー…つまりはその、せ、せせっくすですよねー…はは、…どこにどういれ…ってか、た、たつの?)


中條が西條のことを好いているという事実より、なぜか気になる男性同士のセックス方法。
性知識がほとんど無いとはいえ、多少のことは知っている。
とりあえず、想像してみた。
無知ゆえの勇気というか無謀である。


(まずはキス…?)

途端、浮かび上がるはあの日パーキング駐車場で西條に口付けられた情景。
触れた手のひら、一瞬にして近づいた端正な顔、柔らかい唇と伝わる吐息。
今でもリアルに思いだす感触と瞬間に、一瞬にして祐樹の頬が火照る。

思い出さないようにしていたのに!と慌てて脳内映像を消し、第三者から見た中條と西條のキスシーンを想像してみる。
が、しようとしてももやもやする黒い霧のようなものが一向にそれをさせない。
どころか徐々にもやもやしてくる心。

祐樹は一気に息を吐いてそのもやもやを一旦吐き出した。
とりあえずキスシーンは置いといて次のステップである。それがよく分からない。
相手が女性ならば胸などを触るだろう、と祐樹は触ったこともない乳房を想像する。
反応しそうになる若い自身に、慌てて想像を止め、思考を再開させた。


(…弄っても、気持ちいのか…?わかんねぇ…)


そもそも西條の肌すら見たことのない祐樹。
私服も薄着ではないためどうなっているのか分からないが、大人の男性特有の逆三角形でスラっとしているのは確か。

なんてずるい体型なんだ、と思いながら祐樹は自分のどうしようもない体型を見つめなおす。
悲しくなった。



「…岡崎」



すると、突然背後からかけられる声。
思わず祐樹は「ひぇえ!」と声をあげて飛び跳ねた。
驚きで心臓がばくばくと脈打つ。
しかし、声をかけた西條はそんなことは気にしていないのか、早足で祐樹に近づいた。
先ほどまで想像していた人物が近寄るのだ。祐樹は慌てて離れようと試みるが、ちょうど洗剤が積みあがっている間に居る。

逃げられない!と思う間もなく、西條に捕まった。





体温がまた伝わる。
ようは、抱きしめられた。



正面から思い切りぎゅう、と抱きしめられ、ああ以前こんな風に抱きしめられたなあと祐樹は冷静に思う。
だが、つま先から頬にかけて一気に血が上ってゆく。
どくどくと心臓が脈打ちのスピードを速め、手足を痺れさせた。


そのうえ、耳元で


「あー…」

何かに納得しないような低い声。
ぞくりと祐樹の背筋が震えた。


一体なんなのだろう、と祐樹が「なに」と声を出した瞬間。
体はぱっと離れた。

祐樹が混乱しているなか、西條は唸りながら頭を掻く。そして、「いきなり抱きついて悪かった」と謝り祐樹を落ち着かせてから、


「お前のこと東條が癒し系って言ってたンだけどよ…なんか違うな、だめだな」


駄目だしを食らわせた。
祐樹は目を丸くして、一瞬思考停止するがすぐに、


「し、知らねぇし!俺癒し系じゃない…ってかそれだけで抱きしめたとか信じられねぇ!」

わぁわぁと抗議する。
いきなりそれだけの理由で抱きしめられ、尚且つやっぱ違う癒されないなど全く失礼な話である。
祐樹は頭にキて、西條からそっぽを向き、またもや洗剤を積み始めた。
それを見て、多少なりにも罪悪感を覚えた西條は「わりぃ、そういう意味じゃなくてな」と言いかけたが、祐樹がどんどん意味も無く洗剤を積んでゆくのを見て、仕事モードに切り替わり、

「おい岡崎!お前どんだけ洗剤出す気だアホ!」


「え!?…うっわ、ほんとだ!」

「お前どんだけアホなんだよ!?」

そう言いながらも、西條は祐樹と一緒に出しすぎた洗剤の箱を元の位置に戻してやった。
ふと、祐樹は怒りも収まりつつある西條に問う。


「そういや、中條くんは…」

「アイツの話はすんな」

数秒で拒否され、祐樹は目を丸くする。
驚きで口を半開きにさせていると、西條はため息を吐きながら重々しく口を開き始めた。


「…アイツ、何なんだ…?さっきから俺の体っつーか…尻ばっか触ってくンだよ…!」

気色悪ぃンだよ!と怒りと不快に任せて空のダンボールを殴る。
そして、「だからお前が癒しなら癒されようかと思って」と付け加えた。
ああ、だからかと祐樹は納得する。同時に、早速行動に移したのか(しかも嫌な方向に)と生暖かい思いを中條に馳せた。


イライラとする西條に火に油を注ぐようなことはしたくないが、祐樹は思わず


「…西條さん、中條君が西條さんのこと…好きっていうか、抱きたい…みたいなこと言ってたらどうします、か?」

あの事をしどろもどろに聞いてみた。

一拍、間を置いて。
西條は持っていた洗剤の箱を落とした。




「…移動願い出す」




中條の居ない地域に逃げる手段を懇願した。

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