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よく晴れた午後。
引越し業者が忙しく働く様子を横目で見ながら、祐樹は航と他愛無い話を交わす。
その間にはもちろん、雄太とひよりも居るのだが。

「みんな来てくれてありがと」

嬉しそうに航は微笑んで礼を言う。
少し照れてるのかさらさらとした髪を弄りながら。
そんな様子を見て、祐樹が「あっち行ってもがんばってください」と言おうとした。が、

「航先輩、帰省したら一緒に遊びに行きましょう!」

と、ひよりが元気に告げる。
彼女は空気が読めない訳ではないがタイミングが今ひとつ掴めていない。
いつものことなので、祐樹は言葉を遮られたことは気にせず、続いて

「俺、目玉焼きが焼けるようになったンで今度食いに来てください」

そう言って、使い捨ての弁当箱に詰めた弁当を渡した。
ああ、これを毎週日曜(ただし祐樹が朝から入っているとき)西條さんは受け取っているんだなと航は内心思う。
ありがとうと微笑んで、こっそり耳元で

「男は手料理の味に弱いから冷凍食品とかでごまかしちゃだめだよ」

と、鈍感な祐樹にはおそらく分からないであろう忠告というかアドバイスを告げる。
だが、やっぱり彼は航の「おとうと」なので、

「あとだからって簡単にほだされちゃ駄目だからね」

「…何に?てかわたにぃ何言ってンすか…?」

疑問を浮かべまくる祐樹。
しかし、その顔をまた元に戻して、今度は祐樹が耳元で話す。


「わたにぃはわたにぃのこと考えればいいンすよ」

その言葉がよく分からなかったが、航は頷いて彼のふわふわな髪を撫ぜながら頭を撫でた。
子どもじゃないンすから!と抗議する祐樹をよそに、航は最後の1人に声をかけようと顔を向けた。
彼は、誰よりも寂しそうな顔をしている。
全く困った「おとうと」だ、と思おうとした。
が、彼の中に自分で呟いた言葉が突き刺さる。
『幸せになってほしいんだよ』


「わたにぃ、」


雄太の呼び声に、はっと気づく。
すっかり自分よりも大分伸びた背。
彼の顔を見上げれば、何かを告げようと口を開く直前。見てはいけないと、航は思い視線を逸らした。

ごめんね、ゆーちゃん。
僕は君らよりも大人だから分かってるんだ。

なぜか祐樹に謝罪しながら、雄太の言葉を待った。


「俺は、」

「あ!北條先輩、これも持ってってください!」

そう叫んで、ひよりは航に可愛らしい包み紙を渡した。
突飛な行動に、普段おっとりしている航も目を見開いてただ驚く。
だがそれ以上に、言葉を遮られた雄太。
祐樹と違い、ひよりと会うのは初めてだ。
よって彼女のタイミングの悪さは、知らない。

小さい頭を、がっと掴んだ。

「いった!ちょ、メガネ先輩何するんですか!」

「俺はメガネをかけてるがメガネじゃねぇ!何でこのタイミングでそれを渡すんだよ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ2人に祐樹は慌てて仲裁しようと手を伸ばす。
この2人、実は相性が悪いのか?と思いながら。

「待て待て待て!喧嘩すんなってば!てか危ない、雄太危ないから!」

「は?怪我させるわけねぇだ…ぐはっ!」

祐樹の忠告も空しく、痛みから逃れようとしたひよりが思わず放ったアッパーが綺麗に雄太に入った。
彼もまた、祐樹と同様あまり運動をしない人なのでその痛みに目を白黒させる。

「うわあ!雄太大丈夫?」

アッパーに吹き飛ばされ(ように見えた)、尻餅を付いた雄太に航は急いで駆け寄る。
よく見れば、口の端が軽く切れていた。
背後でひよりがわたわたとうろたえる。怪我をさせる気は無かったのだろう。

すみませんと雄太に駆け寄って謝ろうとしたが、それは祐樹に優しく止められた。

しー、と口の前で指を立てる祐樹。
相変わらず可愛い行動をとる人だなぁ、と思いながらひよりは彼が誘導するまま少し離れた所へ移動した。


頑張れよ、雄太。
心の中でひっそりとエールを送る。






「東條さんのアッパーはキレがいいから…大丈夫?もう痛くない?」

甲斐甲斐しく世話をする航。
相変わらずだな、と思いながら雄太はその心配を受けていた。
平気だ、と適当に返事し彼の心配を取り払ってやる。

「そっか、とりあえずバンソーコとってくるから…」

そう笑って家へ戻ろうとする航。
その細い腕を、雄太は掴んだ。
昔はその腕も体も自分より大きかったのに、いつのまにか俺は大きくなったものだと実感する。
そして、守られていると思っていたのにいつの間にか守ってやりたいと思う自分のバカな男心にも。

引き止められた航は、不思議に思いつつも軽く動揺していた。
もうすぐ成年になる航は軽く感づいていた。
はっきりとしたものは無いが、分かる。
その空気を。

次に彼が告げる言葉を聞いたら自分は何て返せばいいかわからない。

それでも必死に笑顔を取り繕って、航は

「何だよ雄太、行って欲しくないとか子どもみたいなこと言わないでよ」

軽いバリアを張った。が、

「ああ、行って欲しくない」

それは簡単に打ち破られた。
メガネ越しにまっすぐこちらを見る瞳。
いつからこの年下の弟はこんなにも芯を持ち始めたのだろうか。

困るよ、なんてまたバリアを張ろうとした。
が、雄太は直球を投げ続ける。


「でも引き止めねぇよ。そこまで子どもじゃない、けど俺はバカだから」


彼はひとつ瞬きをして、


「…来年、俺が同じ大学に行けたら」


約束を、括りつけた。


「俺のこと、もう弟として見ないでくれ」


へなへなと航はその場に座り込んだ。
ショックと予想外で全身の力が抜けてしまう。
雄太も予想外だったのか、目の前でへたり込む航に慌て始める。
別に疎ましいからじゃなくて俺を1人の男として見てほしいからだ、と必死に弁解しながら。

そんな雄太を見て、航は思わず笑ってしまった。
リフレインするは先ほどの祐樹の言葉。

航は、内心「そうだね」と呟いて、目の前でおろおろとする「雄太」に告げた。


「そうだね、雄太が合格したらご褒美をあげようか」

「えっ?本当か?」

ご褒美という単語に雄太はきらきらと瞳を輝かす。
なんて単純な男なんだ、と思いながら航は笑う。

「わたにぃじゃなくて航って呼んでいいよ、あと」

「キスがいい」

「は?」

またもや直球ストレート。
思わず顔が赤くなる自分に、航は顔を歪めた。
だが目の前で返事をわくわくしながら待つ雄太は、昔と何も変わらない純粋な目を向ける。
いつの間にそんなことを考えていたのか、と航はため息を吐いた。
それは嫌な空気ではなく、「まったくやれやれ」というため息。


「…うん、いいよ。でも僕が雄太を恋心として好きになったらの話だけどね!」


頑張るんだよ、僕は一筋縄じゃいかないからね!そう、今までとは違った笑顔で告げた。
はにかんだ顔。雄太は頷いてその顔を凝視する。
とてもとても、きれいだった。



そのあと、航はバンソーコを雄太に貼って、3人と家族が見守る中、父の車に乗って行ってしまった。

ぼんやりと見送る雄太の隣で、祐樹はにこにこして彼を軽く小突く。
こっそり全部見聞きしていたのだ。


「雄太ーよかったじゃん、ていうかお前好きだって言ってねーし」

「うるせーよ、てかデバガメすんな祐樹」

そう言いながらも頬は緩んでいる。
分かりやすいなあと祐樹が微笑む。が、その隣でまた違った微笑みを浮かべるひよりを、雄太は見つけてしまった。


「へーぇ、メガネ先輩北條先輩のこと好きなんですかー」

にたにたと笑うひより。
ここぞとばかりに復唱しまくり、雄太の羞恥心を煽りまくった。
頭にきた雄太は、また懲りずにひよりの頭を掴もうとするが、不意打ちではないので ひらりひらりと避けられてしまう。

「てめ、待てこの怪力女!」

「ふーん、好きだって言えないヘタレメガネのくせにー」

「うるせぇな…!つーか俺わたにぃから聞いたぞ、お前だろ西條さんにふられたの」

カチン、とひよりの姿勢が固まる。
祐樹も 同様に。

「な…!てか北條先輩口軽っ!?」

ひよりの察する通り、航はおっとりとした性格のわりにとても口が軽いのである。
知り合いでもない他人に失恋を言われ、ひよりは顔を真っ赤にして雄太の胸倉を掴んだ。

「テメーには関係無ぇだろが!私は西條さんと一緒にお仕事できるだけで良いんだって決めたんだよシルバーメガネめ!」

「シルバーメガネって俺のメガネの形状そのまんまだろが!つかそれが本性かやっぱり!」

「はぁ〜?怒ってるのが本性だったらみんな本性こんなんですけどー?」

「お前、祐樹見てみろよ、あの癒し系を!見た目と普段の性格は普通だけどな、いや見た目はお前より可愛いかもだが、絶対西條さんはあんなのがタイプなんだよ!」

「岡崎先輩が癒し系なのは分かってンだよこっちも!それと西條さんのタイプは関係ありませんー会ったことない人に言われたくありませんー」

延々と続きそうな喧嘩に、なぜか自分の話題が出てきて祐樹はとうとう口を出した。

「止めろよ2人とも!つーか俺の話題出すな!俺が癒し系ってなんの嫌がらせだ!?そしてなぜ西條さんと絡ませる!?」


体を張って止めようと、2人の間に割って入る。
が、直後その2人にひっしと抱きつかれた。
雄太はまだしもひよりにまで抱きつかれ、祐樹はわたわたと焦る。が、当の本人たちは


「おいゴリラ女離れろ。祐樹ーやっぱこの絶妙な硬さと柔らかさとにおいが堪ンねぇわ…髪の毛ふわふわ」

「ちょ、メガネ離れろ。岡崎先輩の腰は細くて抱きつきやすくていいですねぇ…あ、お腹ちょっとぷにぷに…太りました?でもこれがなかなか…」


また自分を間にして喧嘩を始める2人に、とうとう祐樹がブチ切れた。


「オメーらいい加減にしろー!俺はぬいぐるみじゃねぇ!!」


と、言ってもそれほど怖くないので日が落ちるまで喧嘩に巻き込まれたとか。



桜の花びらがひらりひらりと舞い散り、3人の頭に降り注いだ。

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