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航が行ってしまうまであと1日。
春休みに入ったため、祐樹は午後から入るシフトに入れさせて貰っていた。
昼を過ぎ、ゆったりとした春の午後は心地よい。
外売り場に並ぶ花々に、祐樹が軽く水を与えていると5時から出勤であるひよりが祐樹の肩を軽く叩いた。
「おはようございます」
「あ、おはようございます」
以前、身包みを引っ剥がされたこと(だが引っ剥がされたのは祐樹)も無かったかのように、2人は元の仲をすっかり取り戻していた。
ふと、ひよりが思い出したように目を丸くして、
「そういえば!北條先輩っていつ向こうに行っちゃうンですか?」
と問う。
航とひよりは気質が合うのか、仲が良かった。
しかし、頻繁にメールを交わす仲ほどではなかったので、彼女は航が明日出発してしまうことを知らない。
祐樹は先ほどから会話を遮るホースの水を止め、
「明日だよ、良かったら見送りに来ない?」
と告げれば、ひよりは瞳をきらきらと輝かせて「行きます!」と返答する。
相変わらず気持ちが表情に直に出るひとだ、と祐樹は思わず微笑んだ。
ひよりはその微笑が自分に向けられていると察し、少し恥ずかしくなる。
ちょっと小突いてやろうか、とふわふわした髪の下に隠れた額に目掛けて拳を放とうとした(ちっとも小突くではない)そのとき、祐樹の瞳が思い切り不安な色になった。
それは、ひよりに攻撃されるという恐怖ではなく。
ひよりの後ろに居て、嫉妬のオーラ丸出しな赤井に対してであった。
「岡崎先輩、何ひよりといちゃいちゃしてンすか」
「いや、してねぇし…また攻撃される寸前だったから」
打ち解けた証だと祐樹も思うようにしてるが、ひよりのスキンシップというのは普通のものではない。
よく友人が着いてこれるな、と以前来店したひよりの友人(ふわふわして可愛らしかった)と思ったが、その友人もやはり元不良だったらしく。
ああ、日常的なものなのだなと喧嘩などほぼしたことのない祐樹はため息を吐いたことを思い出す。
それでも痣や怪我が出ないのは彼女なりの手加減。
その手加減を一切しない相手が背後にいることを知り、ひよりは思い切り振り返ると同時にチョップを彼の脳天に叩き落した。
「あだっ!!?」
ガンガンと頭に響く痛みに赤井は顔を歪ませて唸る。
それを鬼のような形相で見下ろすひより。
あまりの怖さに祐樹は顔を歪ませ、少し身震いした。
頑張れ赤井くん、と心の中で合掌しながら。
「待て、ひより!俺は今日面接!」
必死にこれ以上の攻撃を避けようと顔を覆いながら弁解する赤井。
彼の言うとおり、今日これから赤井はここで働くために面接を受けに来たのだ。
あのおっとりとした店長だから落とすことはまず無いだろうけども、祐樹は赤井の風貌を見て少し不安になる。
顔はよく見れば不良のような顔つきをしていない。
髪型と多くのピアスのせいで不良に見えるが、顔立ちは普通のやんちゃそうな少年に近い。
だがやっぱり、不良はムリだろうと思ってしまう。
「ぼこぼこの顔で面接行けるか!」
赤井の抵抗も空しく、ひよりに腕をがっしりと掴まれてしまう。
が、
「アホか!こんなにピアス付けてたら受かるもんも受からないっつの!外す外す!ンで髪!私のゴム貸すから後ろで括れ!」
「え、あ、うん」
てきぱきと、赤井のピアスを外し、長めの髪を括ってやる。
その行動に、赤井も祐樹もぽかんとした。
身なりを整わせて満足するひよりは、そんな2人の凝視など気にもせず、
「ちゃんと敬語使って、挙動不審は駄目だかンね!ほら、頑張って来い!」
「…おう!」
赤井の背中を押した。
彼は嬉しそうに店内へと駆けて行き、ひよりはその後を追う。
走らないの、と世話を焼くひよりに祐樹は未だぽかんとしていた。
てっきり、ひよりは赤井のことをひたすら疎ましがっていると思ったのだ。
けれどもあの態度を見る限り、そんなことはない。
祐樹の頬が緩む。
(なんだ、そうか、そうだったのかぁ)
なんて心の中で何度も何度も納得しながら。
きっと彼女はまた元通り活発に、太陽のようになるのだろうと確信して。
しかし、赤井が正式に採用されたら、自分はともかく西條が大変そうだとぼんやりと考える。
きっと赤井がどんどん突っかかってゆくのだろう。
やっと落ち着いてきた水面に投石された気分に、なった。