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「…おいおい、マジかよ…」
電話を切って第一声。
西條はがっくりと肩を落とした。
そんな彼を不思議に思って、出勤してきたばかりの祐樹は思わず「どうしたンすか」と疑問をぶつける。
西條は思い切りため息を吐きながら、店長が西條に渡す「やってほしいことメモ」にチェックを入れ、祐樹に返事をした。
「…バイト新しく2人入れろって言われてるンだけどよ…さっきちょうど2人電話来てな」
「おお、ちょうどいいっすね」
「どっちも奈多高」
祐樹の頭に不良やチャラ男やギャルが思い浮かぶ。
そんな人たちが入ったら自分はどうしようと怯えながら、「うそ」と返答すると、
「マジだ。…ンで1人はお前も知ってる奴」
休まる暇が無ぇよ、と西條はまたため息を吐いて、面接の日取りを壁のマジックボードにさらさらと書き記した。
結構字が雑なんだな、と祐樹は新しい発見に感心する。間もなく、思い出すひより以外の奈多高の知り合い。
恐る恐る、口に出した。
「…赤井、くん スか…?」
「ビンゴ」
2人の頭の中で叫ぶ赤井の姿。
ただでさえ、西條は最近ひよりをフったばかりというのに、そんな奴が現れては非常に困る。
ギクシャクする可能性は無きに等しいが、西條はどうしたものかと頭を抱えた。
ふと、祐樹が落ち着かなく手をそわそわさせながら、呟く。
「…西條さんと、だいじょぶっすかね…あの、東條さんとの…」
少しだけ悲しそうな顔をしている祐樹に、西條は疑問を覚え「なにが」と問うた。
直後、思い出す事実。
自分がひよりをフった事実は、当人以外誰も知らなかったのだった。ましてや、直前に慰めているところを見られたならば、勘違いするのには十分すぎる。
西條は一応ドア付近を確認し(ひよりがナイスタイミングで登場されては困るので)、告げた。
「大丈夫もなにも…赤井にしてはライバルが減っただろ」
「へ、それってどういう…」
遠回りな言葉で分かるほど、祐樹は色恋ごとに慣れてはいない。
困ったガキだと西條は思いながら、重々しく言葉を続ける。
「俺は東條のことをバイト以上には見れないってことだ」
その言葉を聞いて、祐樹はあの時ひよりが西條に告白したのだと察した。
そして、その思いは届かなかったのだと。
無理も無い、きっとまだ西條の根っこにはあの人のことが残っているのだろう。
そう、納得したかった。祐樹は。
「…バイト、かぁ」
心のなかで呟いた独り言が、空気中に漏れていた。
「ん?なんだ、?」
「あ、いやっ…なんでもないっす!」
祐樹は慌てて首を横に振り、急いでエプロンをつけ、タイムカードを切ろうとロッカーの中にあるカードを掴む。
自分は一体何を呟いたのだろう、と内心焦りながら。
西條はそんな祐樹を見ながら、くるくるとペンをまわす。蛍光灯で照らされて、その影は不思議なくらい躍っているように見えた。
ふと、西條は先ほど電話を貰った学生の名前をメモした紙を見ながら呟く。
「…そういや、もう1人は中條っつったな」
「あ、東西南北中って揃いましたね…って、あ」
東西北は今まで出会ったが、南條のことをうっかり口に出してしまい、口を塞ぐ。
西條は「気にすんな」と言い、何事も無かったかのように言葉を続けた。
「お前だけ岡崎で揃わねぇな」
「ど、どうしようもねぇし…!」
確かに、若いバイト+社員の中で自分だけ名字的に団結していない気がするがと祐樹は思う。
だからといって赤井が入れば問題は無いし、パートや店長は違った名字なのだから気にすることは無い。
だが少し羨ましいと思ってしまうのも、事実。
揃うのすごいですよね、と祐樹は羨ましそうに呟いた。その後、ワンテンポ置いて西條が何気なく背伸びをしながら、
「お前が西條にでもなったら揃うんじゃねぇの?」
爆弾を投下した。
祐樹は最初、理解が出来ず「あー…」と納得したように唸った、が。
「…!?はっ…!?え、…え!?」
耳まで顔を真っ赤にさせ、手の中のタイムカードを落としてしまった。
心の中も体も大混乱。
遠回しプロポーズみたいな言葉に、祐樹は目を丸くして固まった。
その様子を見て、案の定西條は
「冗談だっつの!お前反応面白ぇな!」
腹を抱えて爆笑した。
「じょ、…冗談でンなこと言うなっ!きもい!」
あまりの羞恥と怒りに、また敬語を忘れて祐樹はそう叫びながら早足で事務室を出て行った。
ドアの外で祐樹はまだ顔を真っ赤にして怒っているのだろう。考えるだけで面白い西條は、また「きもい」と言われたことに少し落ち込みながらも、けらけらとペンを回しながら笑っていた。
そんな西條に、困難というべきか最悪の状況というべきか。それらが襲い来るとは、誰も知らない。