5,
----------

「おいおい、岡崎ひん剥いて何する気だったんだ。お前は…」

現れた声は、いつものように呆れた音。
ため息ひとつ吐きながら、先ほど暴れ狂っていたひよりをあっさりと抱き上げる彼は、ひよりの言葉に数度現れていた西條だった。

恋愛対象の西條に、抱きかかえられている。
それだけで、ひよりは天にも昇るような気持ちになったが、同時に地べたに叩きつけられるような気持ちになった。

わなわなと震え始め、唇を震わせ、とうとうひよりは泣いてしまった。ごめんなさいごめんなさいと何度も、何度も謝りながら。

それを宥めるように、西條は一旦ひよりを下ろすと、抱き込むようにその背中を軽く叩いてやる。

一見すると、それは恋人のようだった。


航は目で西條にひよりを任せつつ、まだ放心している祐樹に下着とズボンを履かせる。
ふと、顔色が心配になり見上げれば、祐樹の放心した瞳は、ずっと 西條とひよりに向けられていた。




少し前まで、自分がああして抱きしめられた。
第三者から見ても分かる、その異常さ。もしくは、それが兄弟愛に似たものであること。
そして、絶対的な距離。




訳も分からないもやもや感が、ただただ祐樹を包み込んでいた。
こんなにも気持ちが晴れないのに、祐樹はまだその理由が分からなかった。

「…ゆーちゃん、ちょっとおいで」

ふと、優しい声が耳元で響く。
航がやんわりと笑って、祐樹の手を引いた。
静かな空間で、久々に航に手を引かれて歩く中、祐樹はなぜか泣きそうになる。
暖かい手に包まれて、さめざめと泣きながら歩いたことを思い出していたから。


『ゆーちゃん、泣かないで。ゆーちゃんは悪くないからね』

『ごめんね、ごめんねわたにぃ』

『大丈夫だよ』

同級生にいじめられて、いつも航がかばってくれた。
けれどそれが、とてもとても申し訳なくて。
祐樹はいつしか誰にも心を開かず、ただ勉強ばかりして教師を味方につけることを覚えた。

周りの大人は、勉強のできる祐樹をそれだけで褒め、怒ることはけしてしなかった。


そこで、ふと思い出す西條のこと。
初めて会ったとき、いきなり叱られたなあと祐樹はなぜかこの瞬間考えてしまった。



「この辺でいっか。ゆーちゃん座りな」

「うん…」

航が連れてきたのは近くにあった公園。
真っ暗な公園の中で薄っすら街灯に照らされるベンチに2人並んで座った。
未だショックの抜けきれない祐樹の頭を、昔のようにくしゃくしゃと撫で、航は静かに話し始めた。


「大丈夫?東條さんもパニックになってたから、そのうち直ると思うから」

「うん、…それは、なんか大丈夫…」

その柔らかく何でも包み込むような暖かさに、祐樹は思わず口に出来なかったことを呟き始める。
航はやはり、祐樹の「兄」なのだ。


「東條さん、西條さんのこと好きなんだ」

「うん、そうみたいだね」

「…なのに、俺が居るから西條さんに近づけないんだ、きっと」

「…本当にそうだと思ってるの?」

俯いていた祐樹に、少しだけトーンを低くして航は問う。瞬間、祐樹は感情を露にして顔を上げた。

「だって!…弁当作ったり、風邪の看病したり…それって、それって女の子がやることじゃんか!俺なんか、俺なんかがやっちゃ駄目だ!」



リフレインする、今までの思い出。
怒られて、叩かれたけど、結局仕事のことはちゃんと面倒見てくれて。
話も楽しそうに聞いてくれて、話してくれて。

意地悪に笑うけど、その笑顔がなぜか祐樹にとっては安心できて。

『岡崎』

呼ばれることが、心地よかった。




「…でも、俺、」

「うん、」

泣きそうになる祐樹の肩を柔らかく抱く。
今、ここで現実の重みに耐えられないその肩を、彼は支えた。

震える唇は、涙を堪えて言葉をつむぐ。



「…西條さんと、一緒にいたい」



彼はまだ、ほんとのほんとの言葉は見つけられない。その気持ちも見つけられていない。
でも、ほんの少し見つけた言葉。

一緒に季節を過ごしたい。それが限られたものだと分かっているから。
せめて、せめて。一緒に、笑っていたい。



「それはね、悪いことでもないよ。東條さんにも、西條さんにも、ゆーちゃんにも」


航はその肩をしっかと抱いてゆっくりと話した。


「西條さん、嫌がってた?ゆーちゃんが看病したり、お弁当作ったりして」

嫌がってなど居なかった。
いつだって憎まれ口は叩いていたが、確かにお礼は聞こえていた。笑っていた。

祐樹は緩やかに首を横に振る。

「東條さんもね、それに混乱した訳じゃないんだよ。ただ、きっと初めてのことだったから」

彼女が自覚した恋は初めてだと、そう航は彼女から聞いたのだ。
だからこそ、ひよりは分からなくなった。
西條が祐樹に向ける笑顔が、欲しくなった。

けれど、それは祐樹が奪い取ったものでもなく。
ただ欲しいと、彼女が願っただけだったのだ。


「…そろそろ、誰のことも考えないでみて。自分のしたいこと、自分がいたい場所、やりな」

僕はもう、離れてしまうから。
だから、今度会うときまでの宿題。

そう、航は告げてベンチから腰をあげた。
うんと背伸びをして、ぼうっと放心する祐樹に手を差し伸べる。

祐樹は無心でその手をとり、引かれるがまま皆の待つ駐車場へと戻っていった。


祐樹はふと、自分の胸に手をあてる。
もやもやしていた何かが、少しだけ晴れた。


途端、はっと思い出す自分が今日やりたかったこと。
まだ駐車場へは着かない今しかない!と祐樹は慌てて航を引き止めた。
不思議そうに航が振り返ると、先ほどとは違う慌て方をした祐樹が、


「あ、あのさ、わたにぃって雄太のことどう思ってんの?」

と百面相しながら聞いてくる。
しかし、航はあっけらかんとして。

「どうって?好きだよ」

「対象は!」

それでも祐樹は一歩もひかない。
だが航は、それでも不思議そうに首を傾けながら

「対象?…雄太だよ」

「じゃなくて!」

これだから天然は!
そう祐樹が言いかけたそのとき。
その細い目は、薄っすらと切なそうに揺れた。
口元は柔らかく微笑んでいて。
こんな航、祐樹は知らない。


航はその質問には答えず、また祐樹の手をやんわりと引いて歩き始めた。
これ以上聞くのは、野暮だ。
なぜか祐樹はそう思い、無言で航の後ろを着いていった。

少し早い春風が、舞う。



「…僕は、雄太に幸せになってほしいんだ」


その小さく呟いた言葉を掻き消して。

- 67 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -