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「ったく、お前は睡眠をどんだけ取れば満足すンだよ。猫か」


「…だって、西條さんが気持ちよさそうに寝てたから…」


「アホか…」


帰りの車内は、行きと打って変わって少し騒がしい。
それもそのはず。
先ほど、夕方前にようやく西條が睡眠を終え目覚めると、横には布団も何もかけずすやすやと眠る祐樹が居た。
あれだけ車の中で散々寝たのに、更に眠っていたのだ。

その上、この部屋の(元)住人が眠っていてはその後の行動の取り様が無く。
西條は数分ほどおろおろとしてしまったのだ。

結局、祐樹を起こして帰路へと出発したのだが、散々ネタにされる始末である。


先ほどの緩やかな時間とは裏腹な西條の態度に、祐樹は深くため息を吐いた。
その直後、西條に「ンだこら」と釘を刺される。
まるでそれはピロートークが激辛かのようで、ちょっとばかし西條に失望。
別に甘くされても困るというのに、なぜかちょっとだけ期待していたのだ。


しかし、またいつものように軽い会話を交わす。
仕事の事や学校生活のこと。
くだらない会話も多いが、それがとても楽しい。
だがそれをぶち壊すかのように、突如祐樹の腹が鳴った。

「ひ!?」

しん、と静まり返る車内。
だが直後、西條の爆笑で響いた。

「笑うなよ!昨日の夜から何も食ってねぇから仕方ないだろ!」

思わず敬語も忘れてムキになれば、西條は益々笑う。
うう、と恥ずかしさに唸れば、ようやく西條は笑いを止め、

「悪かった、俺も腹減ったしパーキングでも寄るか」

楽しそうに微笑んで告げた。
夕方の薄暗さに、ぼんやりと見える西條の笑顔。
思わず祐樹も、嬉しくて微笑んだ。






また鳴り響く腹の虫を何とか抑えていると、ようやくパーキングエリアにたどり着く。
何を食べようか、祐樹はわくわくしながら車から降りた。
だがその瞬間、体を痛めつけるかのごとく突き当たる北風。
あまりの寒さに、ひぃと悲鳴を上げれば、

「寒いだろ」

西條がそう呟いて、自分の上着を着せた。
しかしそれは、いつも着ている店のジャンパーではなく、明らかに私服の黒い上着。
不思議に思って祐樹が見上げれば、

「そっちのが暖かいだろ」

とだけ言った。
確かに軽さを重視したジャンパーより、コートの方が暖かい。
全身が温かくなり、祐樹は思わず袖口に顔を埋めた。

(西條さんの、においがする)

女々しい自分の反応に、少しだけ後悔したけれど、今はそれで幸せだった。


「…ンだよ、親父臭いとか言うなよ」

俺まだ25だから、と西條は付け加える。
祐樹が鼻を押さえているように見えたのだろう。
しかし、祐樹は柔らかく首を横に振った。
そして、



「…んーん、…落ち着く、」



誰も居ないパーキングの駐車場。
柔らかくそう呟いた祐樹の声は、確かに西條に聞こえた。
薄暗くなり、一番星と月が薄っすらと見える。

そんな中、西條はゆっくりと祐樹の頬に触れた。
柔らかく触れたその手のひらを、祐樹はやんわりと見つめる。
それが若干顔をあげる形となり、目の前には西條の真剣な表情があった。
その表情を見つめる祐樹。綺麗だ、と思う間もなく。
気づけば、彼の唇に、唇が塞がれていた。



誰も居ない駐車場。
薄く光り始めた星と月。
遠くで聞こえる車の走る音だけが聞こえる中。


経過した時間も分からない。
それが長いと分かり、西條に口付けられていると祐樹が気づいても、慌てることが無かった。
嫌悪も無い。ただ、暖かい。


そしてまた北風が吹く。


合図かのようにゆっくりと離れてゆく唇。
暖かさが急激に冷やされた。
思わず祐樹が急いで瞼を上げれば、目の前には西條の困ったような顔。

先ほどまで祐樹の唇に触れていた西條の唇が、動いた。


「…悪い、」


え、と祐樹が言う間もなく西條は「行くぞ」と言ってパーキングの店内へと向かう。
遅れてきたパニックが祐樹を挙動不審にさせた。
え、あ、う と言葉にならない声を出しながら、とにかく足の赴くまま西條の3歩後ろを着いて行った。



結局、祐樹は西條にラーメンを奢ってもらい、腹を満たしたが、先ほどの口付けはまるで無かったかのような空気になってしまった。
しかし、西條が無かったことにするならばそうするべきだろう。
そう、祐樹は思いながら再び乗り込んだ車内からぼんやりと外を見つめる。

すっかり夜になったため、窓ガラスが反射し自分のぼんやりとした顔だけが映る。


急に、胸が氷を落とされたかのようにきゅうと痛んだ。
きゅうきゅうと痛めつけられる。
思わず顔が歪んでしまい、祐樹は西條から借りたままのコートに顔を埋めた。



こんな痛みは、知らない。
その痛みを作った原因は、煙草を吹かしながらハンドルを切り続けていた。

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