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はっきりと覚えているその道のり。
昔、よく遊んだ公園も、たった2年だけ通った小学校も何も変わっていない。
祐樹はそれらを食い入るように凝視し、ぱくぱくと金魚のように口を開けたり閉じたりした。

そして、西條が地図を必要以上に確認しながら進んでいく道は、
しっかりと、祐樹の記憶に残っている道のり。
なぜかそこだけは確かに覚えているのだ。何度も何度も帰ったり行ったりしたから。

掠れる声で、ようやく祐樹は西條に話しかけた。


「…な、んで、 俺の 家に?」


西條は返答しない。
ただ、無言でハンドルを握るだけ。
その様子に、祐樹は唇を戦慄かせる。

良くも悪くも思い出が詰まりすぎているあの家に、どうして彼は連れてきたのか。どうして知っているのか。いつもなら、疑問には自分なりに答えを出してきた祐樹。

けれど、

(…ずるい、)

西條に会ってから、
彼は自分の答えを出せずに、ただ胸の中でぐるぐる巡る思いに戸惑い続けている。
今も、今までも、すべてのことに答えを出せない。
ただ西條のすることばかりを、待っていた。
そんな自分が嫌で嫌で仕方ない。胸の奥がわなわなと震える。


「…降りろ」

祐樹がぼうっと窓の外を見ていると、車が止まり、西條がそう告げた。
言われるがまま、祐樹はドアを開け久しぶりの地面を踏む。
ぐらりと体が揺れるが、何とか踏ん張り立て直す。
そのとき、ふと視界に目の前の建物が入る。

古びたアパート。
アパートと云うよりはコーポに近いこじんまりとした共同住宅。
赤い屋根が所々白く剥げて、年季を感じさせる。

確かにそこは、彼の生まれ、過ごした場所だった。


呆然と立ち尽くす祐樹の腕を、西條は掴む。
細腕に一瞬怯むが、西條は ぐ、とその腕をしっかと掴み引っ張っていった。
引っ張られる祐樹は、まだ呆然とする。
ぐるぐると駆け巡る走馬灯に。


カンカンカン、
無機質な音を立ててアパートの階段を早足であがる。
西條に引っ張られるがまま祐樹もその階段を上がった。


『祐樹、転ばないように注意してあがるのよ』

『だいじょぶだよ、俺今日ひらがな全部書けたから!』

『それは関係無いだろ?ほら、父さんがおぶってやるから』


そう優しく言われ、父におんぶされてこのアパートに3人で帰る日々が脳に染み渡る。
いつも買い物に行った帰り、そう楽しく会話していた。
そして、ある日目覚めたら父が忽然と姿を消し、必死に探して駆け下りた階段も。

『おとうさん、おとうさん?』

慌てて探したせいか、雨が降っていた階段は幼い祐樹の足を掴んだ。
ずるり、とバランスが奪われ祐樹は地面に叩きつけられる。
急いで母が来て、病院に行った。命に別状は無かったが、祐樹の背中にはまだその時の痣が痛々しく残る。

ずきり、と薄っすらその痣が痛む。

そうこうしている間にも、西條はぐいぐいと祐樹の腕を引っ張り、ある部屋の前で止まった。

205号室。


思い出が、たくさん詰まっているその部屋は。
祐樹と、母と父とで暮らした部屋だった。


痛みに似た寒気が、祐樹の頭からつま先までどっと落ちる。
ここを開けたら、何かが溢れ出そうな怯えが彼を襲った。

無意識に逃げようとしても、西條が力強くその腕を握っているのでどうしようもない。
思わず震える声で、祐樹は


「…や、やめ、なンでそんなことすんの?俺のことなんてほっといてくれよ!」

入りたくない!西條さんになんか関係ない!
そう小さく叫べば、西條は一瞬眉間にしわを寄せるが、応答しない。
いや、彼は応答できなかった。
拒否をする祐樹を見て、自分は受け入れられていないのだと悲しくなったから。

けれどもその無視具合に、祐樹はまたあの記憶がフラッシュバックしてしまった。


『おかあさんは?』

警察がいきなり部屋に入ってきて、家宅捜索を始めた。何も分からず、部屋で腹を空かせて待っていた祐樹は近くの警官にそう聞く。

だが、彼は軽蔑するような眼差しを祐樹に降り注ぎながら呟いた。

『…盗ったものが菓子だと思えば…、子どものためか』

薄っすら聞こえたそれは、幼い祐樹の心を抉るのには十分すぎた。

その抉られた傷が、今じりじりと痛み始める。

必死に逃げようと自分の腕を引っ張るが、力がまるで出ない。ましてや多少体格差がある西條に力で敵うわけが無かった。

「西條さん…!」

震える声で訴えるが、西條は無言でベルを鳴らした。
そこにはもう誰も居ないはず(もしくは全く知らない他人が住んでいる)なのに、何度も何度も鳴らす。

薄いドアから漏れる無機質な音に、震えが止まらない。

やめてくれ、と叫びそうになったそのとき、

ドアが、開いた。


「誰だ、こんな朝から…」

そこから出てきた男性は、眠そうに瞼を擦りながら2人を見る。

そして、祐樹を見た瞬間。
彼は目を丸くさせ、唇を震わせた。
まるで信じられないかというかのごとく。


「…祐樹、?」

自分の名前を何故知っているんだろうか、
祐樹はただそう疑問に思って目の前の壮年間近の男性を見つめ続けていた。

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