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西條が戻ってくると、後部座席にいる祐樹はすやすやと寝息を立てていた。
あれだけ呼吸が乱れ、精神も乱れたのだ。
無理も無い。

西條はトランクから念のため置いてあるフリースのひざ掛けを取り出し、彼にかけた。
ふと、そのまま手を祐樹の髪に絡ませる。
やっぱりそこは、ふわふわしていた。


(…やるしかねぇな、)

西條は心にそう言い聞かせ、運転席へと戻る。
助手席に放り投げてあったフリスクを取り、山ほど口に含んでがりがりと噛み砕いた。
脳がキシリトールに犯される。そのまま先ほど貰った「地図」を脳内にインプットし、車を発進させた。


後ろで何も知らず、すやすやと眠っている祐樹をミラーで軽く見ながら。






ゆるやかに揺れる車内。
適度に暖かい室温に、落ち着く香りが鼻腔に広がる。
夢と現実の狭間で、祐樹はゆるやかに微笑んだ。

なんで、こんなに心地よいのだろうか。

その答えを出そうとした、瞬間。
夢の中へと、落とされた。




また、目の前には幼い頃の自分が居る。
いや、幼い頃の自分のふりをした心の奥底の自分だ。
じっとこちらを見つめる瞳には、怯える自分が映っていた。
それがあまりにも怖くて怖くて、戦慄く唇で来るなと呟く。
それでも、彼は動かない。

ただ、にっこりと笑って、告げた。


「   だよ、」


その微笑が、ゆっくりと消えていく。
蜃気楼のように蒸散したかと思えば、またその霧は新しい誰かを形作っていった。
不思議なことに、夢の中の己というものは摩訶不思議な現象にひどく落ち着いている。
それは今の祐樹にも当てはまり、祐樹はただただその動きをぼんやりと見ていた。


その姿がはっきりと見えたとき、祐樹はわなわなと唇を震わせた。
それでもその姿は祐樹にゆっくりと近寄り、こつんと額と額をあわせる。



「俺は、お前のために泣けない」

まだお前のことを、知らない。
だから教えてくれ、お前がどう思ってどう感じて、どう生きているのか。


その先の言葉が、祐樹にとっての願望か欲望か、それとも夢枕か。
夢から醒めた彼にはまるで分からない。





朝日がゆるやかに差し込む。
といっても、冬の今日の日差しなど無いに等しく、ただ薄明るく照らしているだけだった。
それでも、今まで暗闇ばかりだった視界が明るくなり、祐樹は不思議な感覚に目を細める。

ふと、ラジオの音に気づく。
そこでようやく祐樹は自分がまだ車内にいるのだと、理解した。

あわてて起き上がれば、


「…もうすぐ着くから、靴履いてろ…」

掠れた声が運転席から聞こえた。
言われるがまま祐樹は座席下に放置されている自分のスニーカーを取り、わたわたと履く。
その間に、ちらりと運転席を見れば、


「…西條、さん?」

目の下に血色悪い証を作り、煙草を吸いながら眠たそうに車を運転し続ける西條が居た。
灰皿を見れば、溢れ出すばかりの煙草の残骸。
ずっと運転していたのか、と思った瞬間申し訳なさがあふれ出た。

「あ、あの、…すみません…」

「…お前、後で学校に休みの電話入れとけ」

「…へ?」

返ってきたのは命令。
そんなに遠くまで運転したのだろうか、と祐樹は不思議に思いようやく窓の外を見た。
そこは、自分の家でもなければホームセンターでも無い。
むしろ育ってきた浅見町の風景ではなかった。
けれども見たことのある風景ばかり。詳しく思い出せないのに、ひどく懐かしい。


「…うそ、」


彼のトラウマがこびり付く、きっと10年前と変わらない風景。
電柱に貼り付けられた番地が、幼い頃見たことがある文字だった。


(俺の、昔の、)

父親と、母親と3人で一緒に散歩をした川沿いの道。
一緒にお花見をした公園。
記憶は所々で曖昧だけれど、確かに自分達が過ごした温かい場所ばかり。

そう、ここは祐樹の生まれ育ったところだった。


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