12,
----------

吸っているのか吐いているのか分からない。
ただ苦しくて息が出来ないのか、それとも息をしようとしないのかも分からない。
ぐるぐると綯い交ぜにする意識が朦朧とし始めたそのとき、西條の声が聞こえた。
淡々と、静かに響く声。
呼吸がままならなくなって、周りの音が聞こえなくなったはずなのに、祐樹の耳には彼の声が絶対的な大きさで、聞こえる。



「…たとえ、苦しかったとしてもこれは犯罪だ」


やめてくれ、と祐樹は切望する。
何をやめて欲しいのかも分からないのに。
彼女を通報することを止めて欲しいのか、これ以上責めるのを止めて欲しいのか、それともこれ以上思い出す自分に対してそれを止めて欲しいのか。
分からない。
呼吸の苦しさがピークに達し、祐樹は膝を落としてその場に倒れた。
冷たい床が頬に当たるのを感じながら、それでもなお西條の声を、聞き続ける。


「名前と住所、電話番号をここに書いて、明日から9時にここに来るように」


その言葉の意味が、理解出来なかった。
矛盾しているからだと祐樹が気付いたのは、万引きをしたであろう女性が「どういうことですか」と涙声をあげた声を聞いてからだった。
西條はわざとらしくため息を吐いて、告げる。


「パート募集をしようとしていた所だからちょうどいい」

と。
面接はしたことにしておくし、履歴書を書いて持って来いと半ば命令した。
ありがとうございます、と女性が言ったと同時に、祐樹はぼろぼろと涙を流した。
嗚咽がままならない呼吸と混じって、ひどく無残なことになる。
それでも祐樹は、泣いた。
子どものようにひっくひっくとしゃくりあげながら。
ただ、呼吸が上手くできなくてそれすらも可笑しな音になる。それでも、泣いた。


その音に、ようやく事務室に居た西條は異変に気付く。
まさかと思い急いでドアを開ければ、聞かせたくなかった相手が床に蹲っていた。

「岡崎、お前…!」

慌てて抱きかかえれば、吐けない呼吸と嗚咽に苦しむ姿。
それを後ろで見ていた女性が、慌てて「過呼吸だ」と告げ近くにあった紙袋を手渡す。
その場合の処置も彼女は分かっていたのか、ゆっくり息を吸うように呼びかけた。


「岡崎、」


ぎゅ、と肩を掴まれ、呼びかけられる。
朦朧とした意識の中で、聞こえた西條の声とぬくもりに、祐樹は安堵を覚えた。

ゆっくりと呼吸が出来るのが分かってくる。
紙袋の独特な香りも徐々に広がっていき、何とか元の呼吸を取り戻していった。

それに安堵した西條は、詰めていた息を一気に吐く。
同時にその身体を腕の中にぎゅうと納めた。
細い肩を壊さないように抱き寄せて、額を軽く祐樹の頭にぶつける。
行き過ぎの感情かもしれないけれども、祐樹が死んでしまうのではないかと思ったのだ。
そして同時にしっかと気づく、祐樹が昔のことに未だに苦しんでいることを。
近くで聞こえる、小さな吐息にひどく悲しくなった。


祐樹はまだ朦朧とする意識の中で、自分が西條に抱きしめられているということをぼんやりと認識する。
温かい身体が自分を包み込み、太陽の香りが鼻腔を満たす。
自分の肩や背中を触る掌が少し熱くて、体温というものはとても温かいことを知った。

西條に抱きしめられる、なんていつもだったら驚きと嫌悪を覚えるはずなのに。
今の祐樹にはまるで無かった。
ただ、とても温かくて、嬉しくて、切なかった。

- 51 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -