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「ハムスターはどうやら普通のゴールデンハムスターらしいね」
「え、金…!?」
航の言うことに祐樹は間違った理解をして目を丸くする。
思わず航がため息を吐くと、申し訳なそうに祐樹は俯いた。
慌てて知らなかったよね、とフォローするとようやく顔をあげる。
先ほど意味も分からず西條に怒られたのもあるのだろう。
見た目とは裏腹に傷つきやすい彼であった。
「茶色と白のちょっと大きめのやつだね、とりあえず相手は暗いところに潜り込むから…」
僕は事務室を探すね、と言って航は行ってしまった。
店内に潜り込むところはあまり無いので、店長1人で足りると言っていた。西條は倉庫。
倉庫は店内と簾のようなもの1枚で繋がっているので可能性が高いのだ。
自分はどうしよう、と思っていると航が振り向いて一言。
「西條さんとこ手伝ってあげなよ、1人じゃ大変だから」
「…また、怒られるっスよ…」
「大丈夫だって」
そう後押しされると仕方ない。
祐樹は頬を軽く両手で叩いて気合を入れた。
もう怒られても仕方ない、と思いながら倉庫へ走る。
倉庫は電気を消したせいで暗く、少しばかり古臭い匂いが鼻についた。
西條はというと、床に膝を付いて隙間を懐中電灯を照らす。
ハムスターをうっかり踏まないようにと言う考慮だろう。
祐樹も同じく膝をついて西條に近寄る。
「あの、見つかりましたか」
「まだだ、岡崎、向こう探せ」
そう言って同じ懐中電灯を渡す。
言われた通りに西條の探している逆方向を探し始めた。
しかし、探せども探せども一向にその小さな姿は見当たらない。
ここには居ないんじゃないか、と思えどもなかなか広い倉庫。そのうえに隙間があらゆるところにあるのだ。まだまだ探したり無いほど。
「西條さーん居ましたかー」
「居ない、あー…体いってぇ」
這い蹲る体勢は体に響く。
ごきごきと肩を鳴らしながら西條は返事をした。
ふと、祐樹はあの疑問をぶつけてみる。
「…あの、なんで店閉めたンすか?」
「あ?」
「お客さん居るの30分も無かったのに」
おずおずとそう言う。
また殴られるのではないかと脅えているのだ。
すると、西條は特に声も荒げず、相変わらず首や関節を鳴らしながら面倒臭そうに返事する。
「…客はな、商品を買うためにここに来てるだろ。それを探してるんだ、下なんて見ない」
「あ、」
「踏まれるだろ、考えろアホ」
「…アホって…」
相変わらずの口の悪さにがっくりと肩を落としながらも、その視野の広さに感心する。
半年共に勤めてきたが、こんな彼を見たのは初めてである。
祐樹はなんとなく自分の伸びてふわふわになった髪を弄りながら目を伏せた。
ふと、ひとつの袋が目に入る。
「…そうだ、」
こうなれば何の手を使ってもいい。
祐樹はその袋を抱え、また床に注意しながら西條の隣に移動した。
こんなに近寄ることはほぼ皆無だったがために、自分との体格の違いに少々落ち込みながら、
「これ!置いといたら来ンじゃないすか!?」
「…おびき出しか」
ハムスター用のひまわりの種が入った袋を見せた。
商品だが緊急事態なので仕方ない。
そう言いながら西條は開けることを許可した。
いそいそとそれを開け、少しの量のひまわりの種を手前に置く。
他の場所に逃げられないよう、片方の通路はベニヤで塞いだ。そしてもう片方には、
「…狭いっすねぇ」
「喋ってんじゃねえ」
「はい…」
男2人でくっついてひまわりの種を凝視。
なんとも異様な光景である。
肩が嫌でも触れる。が、身長差があるためどちらかといえば祐樹の肩が西條の腕に触れている状態。
ホームセンターの制服であるジャンパーの感触が、学校のシャツ1枚の腕に直に伝わり温かくなってくる。
無意識に祐樹が寄りかかると、ふわりと西條に彼の香りが鼻を擽った。
「…お前、なんか香水つけてる?」
「? つけてないっス」
そんなお金無い、と言えば西條は疑問に思い身をかがめて祐樹の首元に鼻を埋めた。
あまり外に居ないのか、日焼けしていない白い肌の匂いをかぐと、やはり、
「なんかこう…花っていうか…」
いい香りがするのだ。
何も考えず嗅いでいると、くすぐったいのかもぞもぞと抵抗しはじめる祐樹。
訝しげに眉を顰め、軽く西條の頭を引っぺがす。
「止めてくださいよ、きもい」
「なんだとコラ」
「そういう西條さんは土臭い」
「昼間、外の仕事したからだろ」
ホームセンターらしく、外には園芸用品が売ってある。今は秋なので野菜や果実は無いが、秋に咲く花々はあるのだ。
恐らくそれを弄ったのだろう。柔らかい土の匂いがした。
(でも、俺これ好きだなー)
祐樹はこの香りが嫌いじゃない。
もう一度温かみに触れようと体を傾けようとした、その時。
カリカリ
拳くらいの大きさのそれが、美味しそうにひまわりの種をかじっていた。
暗闇に慣れた目はそれをしっかと確認し、西條は急いで祐樹から虫取り網を受け取り、風を切るような速さで、
それを捕らえた。
きぃきぃと喚くそれをしっかと、かといって殺さないように掴み、西條と祐樹は嬉しそうに顔を見合わせて店内に向かって叫んだ。
「捕まえた!」
時計はいつのまにか9の文字を越えていた。