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「いらっしゃいませ」

朗らかな笑みを浮かべながら、先ほどの鬼 もとい西條は接客をする。
祐樹を怒鳴り散らしたときとは裏腹に、人のよさそうな笑顔。
それと優しさが相まってか、この町の人はよく通ってくれている。

それが、祐樹は気に食わない。

こそこそと西條の見えない位置で商品の補充をする。
生理用品は何だか気がひけるので、その横のティッシュペーパーを手際よく積んだ。

今回の箱は随分花だらけだな、と思いながら積んでいると、

「あの、すみません」

背後からいきなり声をかけられる。
若い女性の声だが、幼い子どもを連れているので既婚しているのだろう。
祐樹は何だろうと振り向くと、きょろきょろと何かを忙しく探している。

「何かお探しですか?」

すると女性は困ったように俯きながら、

「…ちいちゃんが…」

「…ちいちゃん?」

そのうえ申し訳無さそうに頭を何度も下げ、
半ば泣き声で言った。



「ハムスターが逃げてしまったんです!」




「ああ、ハムスターが…って
ここで!?」

思わず祐樹は敬語も忘れて叫ぶ。
その音量に驚いた、女性の子どもが体を跳ねさせ泣き始めた。
だが、そんなことに構っている場合ではない。

まず、ここにペットを連れてきたのも問題だが、何より小さな生き物をここで逃がした。
しかも客のペット。
うっかり殺してしまえば信用を落としかねない。

「と、とにかく探さないと…」

祐樹は慌てて下を見ながらレジに走る。
万一踏まないように、ということだ。

精神を削りながらようやく辿り着いたレジ。
ちょうど人がひいたのか、航が1人でポップ切り(値段をより華やかに大きく見せる紙を作る)をしていた。
祐樹のただならぬ形相に何事かと驚くと、

「…はむすたーがっ…!」

「なに、餌の発注?」

僕、バイトだから出来ないよと言うと祐樹は必死に首を振る。
息を飲み込み、何とか落ち着いて

「お客さんのハムスターがここで逃げたって…」

「…うそ!?」

事実を告げれば、途端に細い目を見開いて驚愕。
とにかくどうしようかと事務室で事務作業をしていた店長を呼ぶ。

「ええー…それは、困ったねぇ」

案の定、眉尻を下げて店長は頭をかいた。
薄くなってきている頭髪をゆらゆらとなびかせ、ちらりと時計を見やる。
ここの閉店時間は午後8時。
現在、7時30分。

あと30分で粘って客をとりたいのだが、仕方ない。
店長は店内BGMを閉店合図に切り替えた。

「とりあえず、他のお客さんには申し訳ないけど探すしかないね」

「そうですね…」

そう航は納得するが、祐樹は納得できず反論する。

「でも、あと30分だし…注意すればなんとか!」

「それもそうだけど…」

50に近づいた店長は性格上、祐樹のようなちょっと不良っぽい青少年に弱い。
思わず怖気づくと、先ほど店内放送で呼んだ西條がやって来た。

「どうしたんですか、店長」

こんなに早く店じまいなんて、と言うと航が噛み砕いてこの状況を説明した。
途端、祐樹の頭に痛みが走った。

「いってぇ!」

「このアホ」

西條が渾身の一発(チョップ)を決めたらしい。
頭を抱えながら祐樹が膝を落とすと、店長が心配そうに「だいじょうぶか」と言ってくれる。
なんだかんだで半年も過ごすと親身になるらしい。

祐樹が嬉しそうに店長に「大丈夫です」と微笑んでいると、西條はテキパキと不思議な表情を浮かべている他の客に何らかの言い訳をつけ帰りを促す。

仕事が出来る男である。

「すみません、私のせいで…」

「次回から注意してください、私たちで探しますので…今日はお子さんもいらっしゃいますしお帰りになられてください」

そのうえペットを逃がした当の本人のフォローも忘れない。これで彼女はこの店から離れるということは無いのだろう。
念のため番号を控えた西條は、今現在出勤しているメンバーに告げた。


「…探すぞ!」


こうして、長い夜が 始まった。

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