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「うあっ!?」


がば、と祐樹が飛び起きる。
寝起きだというのにしっかり覚醒した意識は、先ほどの記憶をリフレインさせた。
しかも鮮明でリアリティがある。
唇にかかった吐息だとか、顔を指の腹で優しく触られた感触だとか。
触れられたのかもしれない箇所が、熱く火照ってきた。
祐樹は恐る恐る自分の唇に指先を伸ばす。
震える指が、寝起きで少しカサついた柔らかいそこに触れた。


(き、き、キス…さ、れ!?)


全身の血液が急激に頬と耳に集中する。
熱いを通り越して訳のわからない自分の熱に驚きながらも、祐樹は先ほど以上に恐る恐る横を見た。


「…随分おもしれぇ目覚めだな」


布団を畳み終え、着替えも終えた西條がけらけらと笑いながら祐樹を眺めていた。
距離はそんなに無いが祐樹は慌てて飛び跳ね、部屋の端に逃げた。
混乱とパニックで、自分が何で逃げているとか本当に西條がキスをしたのかとか考えられない。
ただ、もう訳が分からずとにかく離れた。


「なに逃げてンだ?」

そんな祐樹の行動に、西條は心底意味不明と言わんばかりに疑問を投げかける。
けろっと何も無かったかのような表情。
その表情と声色に、祐樹は一瞬自分の間違いかと思った。
間違いなら大丈夫か、と思いながら、ふと西條の顔を見た。

目に入るは唇。


顔に血が集まりすぎてくらくらする。
あの唇が自分のファーストキスを奪った(祐樹は生まれてこの方キスも何もしたことがない)のだと思うと、怒りよりも恥ずかしさがこみ上げてくるのだ。
そんな自分にも訳が分からず、祐樹は混乱する。


「あ、あ、あの、その、ひゃい、」


「寝ぼけてンのか?」


起きろよ、と西條は言いながら祐樹に近づいた。
また軽く叩いて目を覚まそうと思ったのだろう。
しかし祐樹にはまた口付けされるという混乱によっての意味不明な見解が生まれていた。
口付けをされたという確証は無いのに、寝起きの思考回路は冷静な判断が出来ない。

うわあ!と震える声で叫びながらますます逃げる祐樹。
何かから脅えるかのように丸まる祐樹に、西條は思わず口の端を上げた。
元々サディストな面はあるが、寝起きで頭がボサボサのアホな姿をからかいたくなる。
益々怯えさせてやろう、と西條は彼に近づく。
一旦立ち上がって、祐樹の目の前に歩み寄った。
一体なんだろう、と祐樹が思う前に彼の目の前に腰を降ろした。


「え、ちょ、え?なに!?」

思わず疑問を2度ぶつける。
しかし、西條は祐樹の疑問には答えずに、


「壁側に逃げても意味ねぇぞ」


くくく、と喉で笑いながら西條は祐樹のことを追い込む。
壁に両手をつき、逃げられないようにした。
そしてゆっくりと顔を近づけ、じっと怯える瞳を見つめる。
パチパチと何度も祐樹は瞬きをした。睫毛が長い、なんて西條はぼんやり思う。

西條の顔が目前にあり、祐樹の顔にゆるく息がかかる。
どれほど近いのだろうか、と思えばあまりのことに、祐樹は困ったように顔を歪ませた。
他人とこれほどまで顔を近くさせたのはいつぶりどころか、記憶に無い。
近いということが、こんなに恐怖と興奮に似た何かを奮い立たせるなんて思わなかった。

前に一度抱きしめられたが、それとは明らかに違う鼓動の高なりと痺れ。
思わず祐樹はぎゅ、と目を瞑る。そして、震える唇を動かした。


「さ、西條さん、俺に、触ったりとか…き、きすしたりとか…した?」


ゆっくりと目を開ければ、西條の驚いたような顔。
きりと吊り上がったいつもの目が、丸くなっている。

見たことの無い表情に、祐樹は思わず凝視してしまった。
驚く2人の視線が交差する。お互いの瞳に映る自分が確認できるほどの距離で見詰め合うことに、祐樹は何だか気恥ずかしくなった。

西條は視線を交差させたまま、また含み笑いをし始める。
また面白い意地悪を思いついたのだろう。
その笑みは意地悪以外の何者でもなかった。


「…してねぇけど…なに、してほしいのか?」


「は…!?」


端整な顔が意地悪に笑いながら近づく。
祐樹の火照る頬に手を添えながら、少し顔を傾ける。
鼻と鼻とをぶつけないように、且つ唇を合わせるための角度。

まさか、今ここでされるなんて思わなかった祐樹はまた混乱し始めた。
男同士でキスとか気持ち悪い、だとか。
別にそんなつもりで言った訳じゃない、だとか。
冷静に拒否するべきなのに、祐樹は何も言えずぎゅっと唇を紡ぐ。
いや、拒否すら出来なかった。
キャパシティオーバーの彼は、何も出来ずひたすら呼吸を止める。

ばくばくと煩い鼓動、火照る顔、全てが祐樹を混乱させ、思わず瞼を下ろした。
途端、


「ばーか」


鼻に軽い痛みが走り、祐樹が目を開ければ舌を出してそう言う西條の顔があった。
どうやらキスをされたのではなく、鼻を軽く噛まれたらしい。
鼻に柔らかい唇の感触と、甘噛みの中途半端な感触が残る。
いっそキスより恥ずかしいのではないか、と祐樹はきょろきょろと目を泳がせた。

祐樹がぽかんとしていると、直後に走る頭への痛み。


「いてっ!」

「遅刻するぞ」


同時に離れてゆく西條。
俺も一緒に出るから、とだけ言って西條は祐樹の祖父母に礼を言うために一足先に部屋を出た。
もう布団もきちんと畳まれていて、荷物もひとまとめにされている。
西條が以前自分で言っていた「自分はしっかりもの」発言に否応にも納得してしまう祐樹。
やっぱり彼は大人なのだと実感した。

祐樹も布団を畳みつつ、着替えを始める。
しばらくして、やっと鼓動が緩やかなものに収まり、ほっと胸を撫で下ろした。


なんでこんなにも近づかれるだけで緊張するのだろう、顔が火照るのだろう。
どうして、あの時逃げられなかったのだろう。


(男同士なのに)

ばかみてぇ、と祐樹は心の中でひとりごちながらスウェットを脱ぎ始めた。
キスをされたり、顔を触られたりしたことは夢だったのだと納得しながら。

確かに、されたのは祐樹の夢であった。
なぜそんな夢を見たのか本人には意味が分からない。

けれど、噛まれた鼻はまだ感触が残っていて、少し温かかった。

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