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返事が思いつかない。
同情していないと言ったら嘘になるから。
しかし、それを同情だと告げるほど、祐樹は残酷ではなかった。
むしろ彼は、

(どうしたら、どうしたら
西條さんを傷つけずに返事が、)

ひどく優しい。

それを西條も知っている。
だからこそ熱に浮かされてもこの質問をぶつけたのだ。
目下の祐樹は、思考がオーバーヒート寸前。
ただ大きめの目をくるくると動かす。
その瞳を見つめながら、西條はまた乾いた唇を開いた。


「…だったら俺もお前に同情する
これからすることは俺の同情だ
それ以上のものじゃねえ、わかったか」

「え、なに、え?」


何度も祐樹は疑問を浮かべるが、
西條はまるで無視し、あっさりと祐樹から退け、布団へと潜り込んだ。
ただ、質問と意思をぶつけただけ。

撫し付けな態度に、祐樹の眉間に皺が寄る。
一体何なんだ、と。
唇を軽く噛みながら、寝息が聞こえた西條の背中を軽く叩いた。

そして、小さく 蚊の鳴く音よりも小さく
呟いた。

「…嫌いな人に同情されたくねぇから…?」

ギブ&テイクというよりは借りは要らないと言った所だろう。
昔言われた「キライ」という言葉が今更彼の脳内をリフレインする。
あの頃はただ苛々して、理不尽だと怒るだけだった。
けども今の祐樹にはそんな感情は生まれていない。ただ、

ぎりぎりと胸の真ん中が締め付けられる。それだけ。


(…西條さんは俺のこと、

まだ、

嫌い?)

心の中で、祐樹は聞く。
返答などある訳が無く、ただ静かな寝息だけが返ってきた。
それを確認し、祐樹は物音を立てないように起き上がる。
ゆっくりと近寄り、ぬるくなり剥がれかけた冷えピタを西條の額から静かに外した。

いきなり冷たいものを当てたら起きるだろうか、
と 怯えながらも新しいものに取り替える。
西條は起きなかった。


ふと、祐樹は西條の顔をまじまじと見つめた。今までそんなにじっくりと見たことが無いそれは、やっぱり綺麗で。

形の良い眉を、そろりと撫ぜる。
そのまま指をやんわりと唇に置いた。
カサカサと乾いているが柔らかい。
時々か細い息がかかった。



(…怖ぇよ)



いま、
この唇から「嫌い」と告げられる事が。
冬の夜はゆっくりと更けていった。


ゆっくりと更けた夜が、ゆっくりと明けていく。
白い光が、部屋を照らし始めた。
きらきらしたそれが、真っ直ぐに祐樹の髪を照らす。
枕に散るように広がった茶色い髪がとても綺麗に光っていた。

祐樹より先に目覚めた西條は、自分の額に張り付いたものを剥がし、自分で熱を確かめた。何てことは無い、平熱。
むしろ何時間も貼り付けていたので、ちょっとばかし冷たいくらいだ。

西條は、ほッと安堵の息を吐いた。
仕度をしようと布団から出れば、隣ですやすや眠っている祐樹が視界に入る。
朝日に照らされた睫毛がきらきらして、思わず見入った。


西條は、ゆっくりと彼の顔を覗き込む。
すやすやと健やかに眠っている。それは、文化祭の帰りを思い出させた。


いつも、「西條さん」と呼ぶ声。
けれども、薄い唇からその言葉は出ない。
それでも彼の脳内は祐樹の声をリフレインする。
まるで今、祐樹がそう呼んでいるかのように。

小さな吐息が出るそこを、西條は壊れ物を扱うかのように指の腹でゆっくりと撫ぜた。
少し乾いているのか、少しひっかかる。けれどそこは、

(…やわらけぇ…)

薄くて柔らかい唇。
ふにふにと何度も押して遊ぶ。

むず痒いのか、祐樹はうにゅうにゅと呻く。
それが可笑しくて、西條はつい夢中になって顔の様々な部位を押したりして遊んだ。

ふと、その緩やかに流れ、跳ねる髪を掬う。
さらさらりと梳き、その感触を味わった。
奥に指を入れれば、暖かい地肌に触れる。


「…岡崎」

小さく掠れる声で、彼の名を呼ぶ。
祐樹の瞼はまだ持ち上がらない。
髪から手を離し、その瞼をなぞった。
薄い皮膚から彼の眼球の感触が伝わる。

その骨ばった指は慈しむようにゆっくりとこめかみをなぞり、頬を通って、また唇に移動した。
唇からゆっくり指先を離す。
掌は彼の頭の横に移り、代わりに触れようとするものは唇。

吐息が触れそうになった。

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