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熱くて、全身がだるい。
体が重くて、意識が朦朧とする。
食欲が無い、吐き気がする。

典型的な風邪だな、と西條はぼんやりと思った。
徐々に覚醒してゆく意識の中、自分の行動を振り返ってゆく。
風邪気味かと思いつつも仕事を休むわけにはいかず、だるいのをひたすら我慢して出勤した。

そのうえ世間一般で言うバレンタインのおかげか、いつもの倍はお客が多く、尚且つ好奇の視線と会話で益々彼の体力ゲージは減った。
そして急に常田が帰ってしまったので、祐樹と話でもしてさっさと帰ろうかと思っていた、その先の記憶が出てこない。

一体俺はどうしたんだ、と西條はゆっくりと目を開けた。


目の前には見たことの無い天井。
少なくとも自宅でも仕事場でもない。

ふと、自分の額に乗る冷たくて心地よいものに気付く。つまり、誰かが介抱してくれたということ。

一体誰だろうか、ここはどこだろうか。

まだだるい体を必死に起こして、周りを見る。
彼はやっとそこで自分が布団の中にいることに気付いた。暖かくてやわらかいそれに、思わず顔が綻ぶ。


「あら、起きましたか?」


背後で襖が開く音と同時に、老婆の声。
思わず西條は小さく悲鳴をあげ肩を揺らした。
すると老婆は慌てて「ムリしないで」と言いながら、持ってきた粥を畳みの上に置き、西條を寝かす。

見たことの無い彼女に、西條はただ目を丸くするばかり。
考えようにも、熱に浮かされた頭ではただ混乱を綯い交ぜにするしか出来なかった。

そんな彼を見越してか、老婆は優しく笑って、


「いつも祐樹がお世話になっております、祐樹の祖母です」

そう言った。

「…岡崎、の?」

熱に浮かされながらも、意識が途絶える寸前に見た彼を思い出す。
段々合致が着いてきた西條は、ひとまず礼を言った。
すると、祐樹の祖母は嬉しそうに微笑み、冷えピタを新しいものに取り替えながら、状況を説明し始めた。



「祐樹が、それはそれは慌てててねぇ。ばあちゃんどうしようどうしよう、って抱えて帰ってきたんですよ」

どうやら西條が意識を失った後、祐樹は店のことを宮崎に任せ、車を持っている祖父に連絡し自宅まで運んできたらしい。
西條の寝ている布団の横には彼の荷物がちゃんと置いてあった。

「貴方を布団に寝かせた後も、しばらくずっと離れないでいてね…今はやっとお風呂に行かせたの」

「…はあ…」

そんなに自分を心配してくれたのか、と思うと西條は思わず頬が緩みそうになる。
ここしばらく、ずっと自分を心配してくれ介抱してくれる人など居なかったから尚更。

祐樹の祖母は、そんな西條を見つめながらやんわりと目を細め「やっぱりねえ」と呟いた。

どうしたのだろうと西條も見返せば、彼女はまたゆっくりと柔らかい口調で話し始めた。
若干、閉めた襖を気にしながら。


「…貴方は、よく祐樹に怒るのかしら」

ぎくり、と西條の図星を抉る。
よくというより会えば頻繁に叩いて叱っている。
しかし、本人の血縁者ましてや祖母など孫を可愛がっているに違いない人物に言える訳が無く。
かといってウソではないので、西條は言葉を濁しながら「はい」と答えた。

予想外に、彼女は笑って「やっぱり」と返事する。
そして、だから最近明るいのねと呟いた後、一呼吸置いて、
静かに、



「…父親も母親も、居ないようなものだから、嬉しかったのね、きっと」



西條の睫毛が揺れる。
自分と同じような境遇で、同じではない境遇なのだと、一瞬にして勘付いた。



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