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期末を終え、バイトに出始めたその日はちょうどバレンタインデー当日。
祐樹が事務室に入ると、作業机には大量の可愛らしいラッピングを施された贈り物の山。
明らかに西條に贈られたそれらに、祐樹は思わずまじまじと視線を送った。
きっとトリュフやらガトーショコラやら、普段の祐樹では食べられないような代物があるのだろう。
そう思うと口の中で溢れる涎が思わず垂れそうになり、祐樹は口の端を拭った。
途端、またもや彼の後頭部に走る痛み。
「ぎゃ!」
「早く着替えろ」
祐樹が振り向けば、少しやつれた顔の西條。
いつものように遅刻寸前の祐樹を急かすため軽く叩いた。だがその威力は、気のせいか低い。
不思議に思いながらもエプロンを身につけていると、レジのほうからなにやら女性の声。
ここにいる男性の店員さんに渡して欲しいんですとパートの常田に告げているらしい。
また増えたのか、と祐樹は心の中で合掌する。
なぜなら、話に聞いたところ甘いものは好きではないらしいから。
案の定、西條はその声を聴いた瞬間肩を下げた。
最悪だ…と呟きながら。
今日はパートの常田と、西條、そして祐樹の3人の出勤だった。
元々小さな店なので夜は3人で十分だが、今日は如何せん(西條のせいで)女性客が多い。
いつもは中年か老人もしくは主婦の層しか来ないのに、珍しく華の咲いた店内に、祐樹は唖然とした。
その中の1人でも自分にくれないか、と思うほど。
因みに祐樹が貰ったのはクラスの女子一同でくれた1こである。こういう時にクラスの団結力を彼は恨んだ。
しかし、明日はきっとシフトが一緒のひよりがくれるだろう。そう期待して祐樹は補充をし始めた。
「すみません、子どもが熱出しちゃって…!」
もうすぐ閉店時間。
祐樹はモップがけをしようと事務室の中にある掃除用具を取りに行こうとしたその時、常田の焦る声が聞こえた。
驚きその方向を向けば、ばたばたと忙しく帰る常田がいた。
恐らく先ほど聞こえたままだろう、常田には小学生の息子がいるのだ。
つまりは、祐樹と西條が2人きり。
また話せるな、と薄っすら期待しながら事務室へ嬉々として入っていった。
「…お前か」
頭を抱えて椅子に座っている西條がそう言う。
どうしたのだろう、と思いながらも祐樹がモップを取りに彼の横を通り過ぎる。
ガタ、と音を立てて掃除用具要れからモップを取り出すと同時に、
背後で、ガタ、ばたんと大きな音が聞こえた。
次いで椅子が横たわる音。
嫌な予感いっぱいに祐樹が振り向けば、
「…西條さん?」
ぜえぜえと肩で息をしてうつ伏せで倒れる西條。
「西條さん、!?」
慌てて駆け寄れば、返事は無く荒い呼吸しか返ってこない。
祐樹の腕が震え始める。
頭の中は急激に漂白され、何をしたらいいか分からない。
数分経ち、やっと落ち着けた祐樹はひとまず西條の上半身を起こした。
自分より体重が重いので、少し歯をくいしばったがそれどころではない。
力を振り絞って仰向けにし、自分に寄りかからせた。
顔と顔が近くなり、祐樹はその熱に気付く。
恐る恐る額に手を当てると、
「…す、げぇ熱…!」
掌が一瞬にしてその熱を貰い帯びるほど。
(そういやなんか元気無かった…)
思い出すは自らを殴る掌の威力の無さと、今日1日の無口具合。
こんな体で1日中仕事尚且つ女性の相手をしていたのか、と思うとえもいわれぬ感情が押しよせた。
とにかく何とかしなければならない。
生憎事務室にはソファーなどは無く、硬い椅子が数個。
しかし床に寝かせる訳にもいかず、祐樹は一生懸命脳をフル活動させた。
そこでやっと生まれた案は、
「すみません!今すぐ来てください!」
西條を引きずりながら、女性社員の宮崎に電話をかけることだった。
閉店作業はいずれ社員が行うようだったので、一石二鳥である。
祐樹はすぐに来ると言った宮崎を待ちながら、せめてもの救いと思い、店内にある冷えピタを自腹で買い、西條の額に張った。
(宮崎さん早く来てくれ…)
一向に意識が無いままの西條を後ろから支えながらへたり込む祐樹。
顔色の悪い西條に心配で心を綯い交ぜにされながら。