カコキュウ
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あの日から、西條と祐樹は言葉を交わすことが多くなった。
昨日見たテレビのことだとか、店の愚痴だとか、くだらない雑談ばかりだった。
それも閉店後のちょっとした時間だけ。
「西條さん、もうすぐバレンタインっすね」
「あ?そういやそうだな…」
大晦日や正月はあっという間に過ぎ、祐樹の期末テストが迫る今日この頃。
ふと、事務室にあるホワイトボードの日付を見て祐樹はそう西條に話しかけた。
閉店後の作業を終わらせながら、西條は返事をすると、
「西條さんはいっぱい貰うンすか?」
何やら期待をしながらそう話しかける祐樹。
おこぼれでも貰おうとしているのか、と心の中で笑いながら、西條は貰わないと返す。
元々ホームセンターに若い女との出会いなど無く、貰ってもパートと女性社員もしくはバイトだけなのだ。
しかし、
「…お前が文化祭で俺を見せ物にしたからな…」
「あ、あはは」
今年はそうはいかないだろう。
最近、西條を見に近所の女子高生だけでなく、わざわざ隣町や祐樹の通う高校周辺の女子高生並びに主婦や女子大生などがやってくるのだ。
一応皆商品を買ってくれるのはいいが、終始好奇の眼差しで見られるのは億劫である。特に目立つことがあまり好きでない西條にとっては。
それを思い出し、ため息を吐く西條に、
「いっぱい貰ったら俺にください」
と更に追い討ちをかける。
このクソガキが、と西條は思うが、ふとあることに気付く。
「…お前、甘いもん好きなのか?」
「い、いや別に!」
慌てて否定するが、肩はびくりと跳ねた。
図星である。
そんな祐樹の反応に、西條はオモチャを見つけたかのようににたにたと笑って、
「隠すなよ、お前見た目もガキだが舌もガキか」
「ガキっつうな!」
そう茶化せば祐樹が思わず敬語も忘れてムキになる。
真っ赤になった顔がおかしくて、西條は益々口の端をあげながら、けらけらと笑う。
祐樹は笑うなよとムキになりながらも、内心同じように笑っていた。
「最近、楽しそうだな、おまえ」
「え?」
いつもの帰り道。
祐樹は雄太と共に日本史の問題を出し合いながら帰路に着いていた。
そんな中いきなり雄太が祐樹を見ながらそう呟く。
期末が近いというのに楽しそうとは一体何なのだろうかと思いながらも、祐樹が理由を尋ねれば
「バイト行く前、にやけてる」
「にやけてねぇし!」
との事。
祐樹は即座に否定するが、全てを否定することは出来なかった。
実際、楽しいのだ。
バイトが。
ひよりや航と話すのも何よりだが、最近西條と話すだけでひどく嬉しいのだ。
(…なんでだろうなあ)
自分でも説明できない感情に、祐樹は悩みながら話題を振り切り、次の問題を出した。
淡々と質問、答え、質問の繰り返しをしていると、近所の主婦たちの会話が彼らの耳に飛び込んでくる。
彼女達にとって秘密話でも、たいてい声のボリュームは大きいものだ。
「聞いた?最近、万引きが多いらしいわよ」
「ええ、しかも犯人は主婦みたいね…」
「このご時勢だものね…」
祐樹の声が止まる。
静かになった2人の間に滑る北風は、今までのどれよりも冷たく、思わず雄太は目を閉じた。
瞼の上を滑る風も、冷たい。
風が止まり、雄太は恐る恐る目を開けた。
隣で歩く祐樹の顔を見れば、先ほどと変わりなくまた声を出し始めていたところだった。
「聞いてるのか、雄太」
「…ああ、」
気にしていないふりをするのが下手だ。
そう、雄太は思ったが彼の震える肩を見ないふりをして問題に答える。