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「大晦日は忙しくなっから覚悟しとけよ」
「マジすか?」
「正月飾りやら掃除道具やらなにやら売れるからな」
「…想像するだけで恐ろしいっスね…」
年末が近づいてきて、日に日にレジが混雑してきているのだ。
大掃除の道具を買い占める主婦層や、正月飾りを一足早く買って行くお年寄りやら。
店が繁盛するのは大いに結構なのだが、バイトである祐樹にはあまり関係が無い。
はあ、と小さく聞こえないように溜息を吐いた。
タクシーの中、先ほどとはうって変わって柔らかな会話が交わされる。
西條も一口だけだが酒を飲んだのでタクシーで帰ることになったのだ。元々飲む気らしく、車は置いてスナックに来ていたのだが。
しかし、祐樹はタクシーの相乗りの距離さえも緊張して仕方なかった。
西條の話をちゃんと聞いたり、返答したり話題を自分から出したりは出来るのだが、手が動く。
膝の上で意味も無くうろつき、巻いていたマフラーを弄ってみたりしていた。
それもこれも、先ほど西條に抱きしめられたから。
まだ残る肌への違和感と、彼の香り。
(俺なんでこんな…ありえねー…)
心臓が速度を速め、全身というかほぼ顔に血流を集中させる。おかげで頬が火照り始めた。
それを西條に見つからまいと隠しながら、祐樹のこころにふと思いついたことを聞いてみる。
それは賭けに似ていた。
「…あの、うさぎってあの人の…?」
話に出ていた卯月のペットのまめ。
以前、文化祭で西條が購入したうさぎの小さなぬいぐるみ。
そして彼の「好きな人」。
全てがイコールで結ばれる。
西條から答えが返ってくる前に成立した方程式に、祐樹は何も言えなくなった。
それでも答えは返ってくる。
「…そうだな」
イエスの返事に、祐樹の胸が痛む。
野暮なことを聞いた、と。
それ以上は聞かなかった。
好きな人はやっぱり今も卯月なのか、もう好きな人はできないのか。
しかし、どれもこれも彼の心の傷を抉るようで祐樹には言うことが出来ない。
そして、なぜか同時に自分の傷も抉りそうで益々言葉には出来なかった。
ぐっと沢山出た心の中の言葉を飲み込み、祐樹は一度目を閉じて心を落ち着かせる。
もしかしたら、慣れない思いをして混乱しているのではないかと、思って。
ゆっくりと目を開けて、タクシーの窓からふと景色を見る。
いつのまにか降ってきた雪が、斜めに走った。
それは自分が走っているからだろう、と思う間もなく、西條が言葉をもう一度発す。
「…明日は積もるな」
「…そうかも、しれないですね」
夜空に降る雪は、ぼたん雪。
クリスマスの夜に降る雪にしてはロマンチックではないな、と祐樹は思いながら冷たいガラスに頭を預け、浅見までの数分を目を閉じて過ごすことにした。
明日からまた、今日のことを忘れた日々が始まってくれると切望しながら。