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「おはようございまーす…」

「おはよう、岡崎くん」

やっとアルバイトの制服であるエプロンを着て、タイムカードを切った男子高校生。
時刻は5時20分を指し、無機質な機械音で出勤したことを知らせてくれた。

出勤したというのに、彼は頭を摩りながら思い切り溜息を吐く。
先ほど散々店員から説教され、且つ頭を思いっきり握られたので頭蓋骨にヒビが入ったかのように痛いのだ。人間の握力で頭蓋骨にヒビを入れるなど無理なのだが。
しかも、契約時間の5時をとうに20分過ぎ、自給が少し減ったので落ち込む。
はぁ、とまた深く溜息を吐いて、もそもそとタイムカードをエプロンの右ポケットにしまいこんだ。

自分が遅刻したことは悪いけれども、と心の中で反省する彼の名は、岡崎祐樹。
このホームセンターにアルバイトとして勤める高校2年の学生である。


「じゃ、僕レジやるんで補充お願いします」


今回のレジ担当は祐樹のはずだが、同じ学生アルバイトの北條航は笑顔でそう言った。
爽やかな笑顔に一瞬騙され、祐樹は了解ですと商品倉庫へと向かおうとする。
が、おかしいことに気づきピタリと足を止める。
口の端を引きつらせ、未だに笑顔の航を見上げた。

「…え、俺、今日確かレジ…」

祐樹が遅刻したため、先ほどまで社員がレジをしていた。
ので、そのまま航が引き継ぐ訳が無い。
どうして、と言わんばかりに見つめると、細い目を更に細めて頬にえくぼを浮かべる北條。

「今、西條さん機嫌悪いからだよ」

「ああ、そうですか…って俺のせいじゃん!
いやっスよ!ぜってぇヤダ!怖い!」

「いや、八つ当たり要員を与えれば機嫌が直るかなって」

「八つ当たりされる過程が嫌なンすけど!」

そう一生懸命抗議するが、相手は年上の先輩。
そのうえ逆らえ無そうな笑顔を振りまくので、どんな不良もどうしたらいいか分からない。
祐樹は何とかレジにさせて貰えないかモゴモゴと「嫌です」と言うのだが、はっきりと言えないのはやっぱり威圧感が半端無いからだ。


にこにこと無言で諭す航。
怒っている、無言で。


機嫌の悪い西條に、近寄りたくないのだろう。
ホームセンターの中で一番下っ端である祐樹は逆らえるわけも無く、涙を飲んで倉庫へと足を運んだ。
また走り方が下手なので、小走りでもバタバタと音を立てながら。
そんな彼をちょっと面白そうに笑いながら、航は小さく「がんばれー」と聞こえないエールを送った。



商品などが保管されている倉庫は、明かりは点いているものの、積みあがったダンボールでほぼ明るさは皆無。
ぼんやりと薄暗い中、祐樹はトイレットペーパー類を補充しようと懸命に積みあがったダンボールを引きずり落とそうとする。
しかし、なかなかそれは祐樹の言うことを聞かず踏ん張り続けた。

体重を使ってひけどもひけども動かない。
徐々にイライラしてきて、祐樹は「うう、」と小さく唸った。


(ちくしょー、店長ッ発注しすぎだろッ!)


以前、店長がトイレットペーパーがよく売れるから発注を多めにしようと言っていたのを祐樹は思い出しながら重みに耐える。
だがやっぱりなかなかコチラに来てくれないダンボール。

歯を食いしばって体を後ろに傾けた瞬間。


「…危ねぇぞ」


背中が誰かの体に支えられる。
ゆっくりとダンボールが引きずられ、床に軽く落とされた。
きょと、と目を丸くしていると、後頭部に軽い痛みが振ってくる。
ぱしんっといい音がした。


「え、いてっ!?」


慌てて振り向けば、そこには祐樹の苦手な人物張本人。
吊りあがった目は先ほどの怒った状態よりはいくらか和らぎ、ため息を吐きながら祐樹を見下ろす。

「そんなに痛く叩いてねぇだろ」

西條はそう言いながら、自分の運ぶ分を台車に積んだ。
広い背中を見ながら、祐樹はおどおどと西條に向かって小声で呟く。

「…あの、あざっス…」

「聞こえねー」

どこまでも傍若無人な西條に、半ば苛立ちながらも祐樹はもう一度ワントーン声をあげて礼を言った。
ここに勤めて半年が経つが、未だに祐樹は西條に礼を言い慣れないのだ。


ふと、西條が微笑む。


「どーいたしまして」

微笑む、というよりは意地悪な感じに笑ったように見えた。
本当にこの人は25歳なのか、と思いながら祐樹は先ほど下ろしたトイレットペーパーを台車に積む。

店内BGMより響く車輪の音をぼんやりと聞きながら。


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