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肉親でもなければ、恋人でもない。
卯月の葬式に参加出来るわけも無く、西條は彼女の墓が建つまで、何も考えずにひたすら、生きる屍のごとく働き続けていた。
週5の割合で働いていたのに、毎日、毎日。
身体を壊すのではないかと周りから思われたが、自宅に帰宅すれば泥のように眠るのでそう簡単には壊れなかった。
身体、は。
しかし、働かない訳にはいかない。
だが彼には働く理由が、まるで見つからなかった。
ただ手をひたすら動かすだけ。
身体を動かして、何も考えずに。
そんな彼を見て、ゆづきは口を濁して話しかける。
「…瑞樹、大丈夫?」
西條は応答しない。
ただ、作った悲しい笑顔を向けただけだった。
いつの間にか、言葉を作ることさえ止めている。
大丈夫です、と答えられる自信が無かったから。
西條と、ゆづきの距離は近いようで実は遠かった。
ゆづきに、これ以上何か出来ることもない。
共に泣くことも、共に分かち合うこともできない。
それはやっぱり、ゆづきと西條の距離が遠くて、西條が壁を作っていたから。それを乗り越えることを。
彼女には、出来なかった。
卯月の墓は、彼女の実家の墓の隣に建てられた。
そこは街が一望できる高い丘の上。
辺りには木々や草花が静かに咲き、穏やかな風が吹いている。
葬式も終え、1ヶ月も経てば、人も来なくなる。
そんな中、遅れた客が訪れた。
西條だった。
片手に花束、片手に線香を持ち、弔う準備を整える。
花束を丁寧に差し、線香に火をつける。
辺り一面に線香の独特の香りが広がる。
この場所は、墓なのだと再確認させられる香りだった。
西條は静かに黙祷し、風が流れるのを肌で受け止める。
まぶたをゆっくりとあげて、帰ろうとした。
が、彼にはそれが出来なかった。
湧き上がる度を越えた悲しみと何か。
気付く前に、どっと溢れるそれは涙。
頬を伝うそれは、焼けるように熱くて、苦しい。
熱いことに苦しいのか、この思いが苦しいのか、今の西條には分からない。
ただ嗚咽を漏らして膝を落とす。
膝からじわりと痛みが染みた。
けれどその痛みさえ、もう何も分からない。
西條には、もう何も分からなかった。それは、
すべて、すべてが
彼に圧し掛かっていた全てが、
彼を溺れさせたせいで。
両親の死、夢の崩壊、日々の重圧、卯月の死。
1人になり、全ての現実の目の前に立たされた西條は、もう。
ガラガラと崩れ落ちる自分という存在に、ひたすら問いかける。
問いかけるというよりは、叫んだ。
誰でもない、自分に。
(…俺は、独りになっちまったンだ…
どうすればいい?これから何のために生きればいい?
俺は何がしたい?どうしたい?分からない、分からない。
…誰かたすけてくれ…
…誰も、いねぇンだ…違う、誰も、)
自分の傍にもう来てほしくなかった。
これ以上、大切な人が消えていくのが、怖くて怖くて悲しいから。
落とした膝を起こす術も無く、西條は止まらない嗚咽を漏らし続ける。
涙がいつしか小さな水溜りを造り、彼の顔を小さく写した。
震える彼の肩に触れる者は誰も居ない。
ただひとり、ただひとり、誰のために泣いたら良いか、誰を思って泣けばいいか、自分のどの苦しみに泣いたら良いか。
分からない男が、ただただ泣いていた。