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星空も見えない雨空。
真上から落ちる雨粒は、容赦なく西條の頭から爪先までしとどに濡らしてゆく。
走る足元の水溜りが跳ね、ズボンをびしょ濡れにした。
びしょ濡れどころか、跳ねた泥も彼のズボンを汚し整えた服装も台無し。

しかしそんなことは、彼にとってどうでもよかった。
ただ一秒でも早く、一秒でも早く病院に着きたかった。
ひたすら走って目指しているのに雨のせいで前が見えず走れない。
飛んでいけたら、と思う程西條は急いだ。必死に。



病院に着いて、西條が見た卯月はいつもの卯月だった。
違うことは、目を閉じて、両手を合わせ胸に乗せていた。
目覚めることもなく、眠るように彼女は動かない。
いつもの白い肌は徐々に土気色に変化していく。
西條が見つめていると、さっとその眠る顔に白い布が被せられた。


呆然と立ち尽くし彼女を見つめるのは西條ばかりでない。
彼女の母や父、妹、花屋の従業員たち。
皆、ただ口を開けて眠る彼女を 見ていた。


「…午後4時、南條卯月さんは全身を強く打ったことが原因により亡くなりました」


淡々と伝えられる言葉。
誰の耳にも入らないはずなのに、それは全員の脳に直接響いた。


「居眠り運転の蛇行です、スピードが出ていたので避け切れなかったのでしょう」


西條は、ひとり心の中で叫んだ。
またか、と。ただその叫びはひどく弱弱しい。



「ふざけるな!なぜ卯月がこんな目に合わなくちゃならないんだ!なんで、夕方に出るなんて…!」

静か過ぎる中、急に怒号が鳴り響く。
彼女の父親が叫んだのだ。隣では、母親の泣き崩れた様子が目に見える。
ふと、彼女の父親が呆然と立ち尽くす西條を見た。
明らかに夜の仕事の格好をしている。
それを見て、大事な愛娘を無くし理性を失った父親は、

「…お前、卯月を呼び出しただろう!そんなことしなければ、うちの卯月は…卯月は!」

西條の胸倉を掴み、拳を振りかざす。
西條に否は無い。けれども彼は、そうだとしか思えなかった。
自分が呼び出さなければ、こんなことは無かったのだ。
否定もせず、ただ殴られる。
頬を切ったため、口の中に鉄の味が広がった。


「…やめてよお父さん!その人は、その人は悪くない…!」


途端、収まる拳。
なんだと振り向けば、彼女の妹が泣きじゃくりながら西條と卯月の父親の間に入った。


「お姉ちゃん、出かける前に言ったの、すごく嬉しそうに好きなひとが出来たって」


だから、その人は悪くない。
お姉ちゃんが死んでしまったのは、居眠り運転手をしていた人のせいなのよ。
もう殴らないであげて。
その人の顔を、ちゃんと見て。
泣きそうじゃない。


そこまで聞いて、西條は何も聞こえなくなった。
いや、聞かなかった。
これ以上、彼女のことを思い出すことをしたくなかったのだ。
庇われることで西條の心が救われる訳ではなかった。
自分のせいじゃない、と言う事は理性的に分かっていても、彼女の事がとても好きだから自分のせいだと思ってしまうのだ。


…好きだった。
西條にとって、彼女は太陽だった。



卯月が病院の奥へと消えてしまっても、西條はただ呆然と立ち尽くす。
修復しかけた彼のハコは、いとも簡単にぼろぼろに崩れ落ちてしまったのだ。

足元に、家族が連れてきたのだろう、まめが西條を慰めるかのように擦り寄ってきた。
しばらくすると、まめは卯月の妹に抱えられ行ってしまった。
西條はそれにも気付かず、ただ呆然と立ち尽くす。
数十分が経過し、通りがかった医師に帰るよう言われてからようやく足を動かした。
ふらふらと出口を出て、そのままふらふらと当ても無く歩いた。

雨の中、身体が濡れることなど頭の隅にもなくひたすら歩く。
歩き続けたら、夢から覚めるのではないかと思えたのだ。
けれど、無情にも雨粒は冷たい。
それは確かに現実だったのだ。


雨はまだ、止まない。

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