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それから、西條はスナックへ行く前に花屋へ寄ることが日課になってしまった。
時たま必要も無いのに花を買ったり、差し入れを持っていったり貰ったり。
いつも重たい足が、軽くなってくる錯覚に陥るほどに。



「南條さんとこのウサギって…」

「卯月でいいですよ」

彼女の名前は南條卯月。
名前によく似合う、笑顔も性格も太陽のように明るい子だった。
年は西條のひとつ下。
それでも包み込む彼女の雰囲気は大人びている。
そんな卯月のことを名前で呼ぶことなど、ましてや淡い恋心を抱いている西條にとって出来るわけが無く。

「…まめちゃん元気ですか」

「またそうやって流して!
…瑞樹さん、私は名前で呼んでるんですよ」

仕方ないですね、と言いながらも卯月は嬉しそうに笑ってペットのまめの話を始めた。
西條が動物の知識に長けていることを知り、卯月は頻繁にまめの話をする。
それは日常の可愛らしい仕草だったり、ちょっと不安な体調だったり。

それでも、西條は楽しかった。
モノクロームの世界に一気に鮮やかな虹色が輝くごとく。
独りだったこの世界に、卯月が隣にいることで一気に。




「瑞樹、最近明るいね」

「そうですか?」

「うん、とてもイイ顔よ」

くすくす、とホステスのみゆきにからかわれる。
ピンクの口紅がてらてらとグロスを浮き彫りにしているのを眺めながらも、西條は適当に「はいはい」と流した。
以前は意味が分からないと返していたが、今ははっきりと分かるのだ。
彼女のおかげで光が見えたと。

ただ、話すだけ。
たまに卯月のペットであるまめと遊んだり、卯月の作ったシフォンケーキを食べたり。

それだけで、孤独な彼に寄り添う温かみが出来たのだ。


しあわせ、だった。




「瑞樹さん、獣医さんになりたかったんですか?」

ある日、西條がふと漏らした一言。
卯月は目をぱちくりとさせ、そう聞いた。
緩やかなカーブを作る前髪が、秋風に揺れる。
その奥の綺麗な瞳が、悲しそうに笑う西條を映していた。

「まぁ、もうムリだけど」

乾いた笑みを浮かべながら、卯月の連れてきたまめを優しく撫でる。
ふわりとした毛が、ゆっくりと西條の掌を滑る。

「そんなこと無いですよ」

「え?」

その掌を、やんわりと卯月の白い掌が包み込んだ。
ぬくもりと感触に、西條が驚いて彼女の方を向けば、また太陽のような笑顔を向けて、


「夢はどこまで追ってもいいんですよ、叶うのに遅いも早いも、無いじゃないですか」


そう、言った。

「…そう、か?」

疑問符をつけて返すも、その言葉には「そうだな」という確信が込められていた。
西條の凍っていた心は、いつのまにか彼女と言う太陽で溶けきっていたのだ。
今の彼の笑顔は、とても温かい。

彼は確信した、彼女しか居ないと。


「あのさ、休みってあります?」

「はい、ちょうど…明後日ですけど…」

「…なんか予定は?」

「無いです…」

高鳴る心臓を押さえる。
西條はいくらちやほやされたからと言っても、部活と勉学に忙しくあまり恋愛を経験していない。
と、言っても体だけの関係は夜の職業に就いてからいくつか経験しているのだが。

けども今は、こころだけの勝負。

気付かれないよう、深呼吸して、


「話があるんだけど、」

口元に手をあてて、言う。

「…夕方5時、時計台に来てくれないか」


本当は、仕事を休んでどこかに行きたいのだが、そんなことが出来るはずも無く、泣く泣くこの計画にしたのだ。
見え透いているな、と自分でも思うがこれしかない。そう西條は思いながら、ちらりと隣に座る卯月を見やる。


「…わかりました」


はにかみながら、膝に座るまめを撫でる卯月。
明後日はお留守番だよ、なんて言いながら。

そのときの卯月は、今まで見たどの時よりも、綺麗だった。



翌々日、午後5時。
西條は待ち合わせの時計台の下で卯月を待つ。
言いたいことがあった。伝えたいことがあった。
見返りなどいらない、同等であることを望まない。
ただ、不思議と心の底から伝えたいと沸き上がって止まらないのだ。
その思いが、とてもとても幸せだと思えた。そう、

彼女のことが、好きだと。

ただ伝えるだけでいい、そう思っていた。
もし笑ってくれればきっと幸せに生きていけると思えた。



しかし、待てども待てども、



彼女が来ることは、二度と 無かった。

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