2,
----------

五年前の冬から春に変わるある日。
外は春一番が吹き荒れ、咲き始めた花々をいとも簡単に遠くへと吹き飛ばす。

そんな春風に吹き飛ばされたのか、
大学入学目前だった西條瑞樹の両親は不幸なことに居眠り運転のトラックに衝突し、命を失った。

彼の両親は揃って兄弟が居ない。
親戚と呼べる親戚は縁が遠く、尚且つ母の両親は数年前に他界し、残るは病気で寝たきりの父の両親だけ。


そんな中、祖父母の年金と両親の保険金そして奨学金を借りてのびのびと大学生活を勤しむー…訳も無く。

目指していた獣医の道を諦め、西條は何とか地元の工場と、スナックバーのホストとの仕事を両立させ生計を細々と立てていた。


忙しさの泥に溺れ、いつしか両親を失った悲しみも夢を捨てた悔しさも忘れてゆく。
その忘却も怖くて、西條は工場でもスナックバーでも存在が無いかのように振舞った。

今までの友人は皆地元を離れ、大学生活や新生活に勤しんでいる。
新しい友人達が出来た彼らと連絡も縁遠くなり、今ではすっかり同年代の友人など居なくなった。誰とも、話さず。
ただただ、毎日働いていた。



そんなある日の夕方。
工場の仕事を終え、一休みしてから夜の仕事に行く前。
夜空になりかける夕暮れを、6畳半のアパートから見つめる。
両親が他界してから、以前のマンションを引き払い、1人でも寂しくないところに越してきたのだ。

(…広いな)

それでも広い小さな彼のハコ。
蛇口から零れる水滴がシンクに堕つる音のみが響き渡る。とても、

ひどく。


いつしか癖になったため息を吐き、空腹を補うために薄い財布を持って玄関を出た。
料理が出来ない訳じゃないが、この部屋に居たくない。
それだけの、理由である。

その理由も思い出したくなくて、西條はいつしか吸い始めた煙草を吸った。
肺に満たされるニコチンタールが、早く俺を死なせてくれないか。
そう、ばかな理由をつけて。
両親が死んだ、という理由で自殺するまでには追い込まれなかった。
夢を失った、という理由でも。これからの将来が分からないという理由でも。




夕焼けも消え行く夕方。
西條は1人、行き着けの安いラーメン屋にでも行こうと重たい足を進ませていた。
鍛えた足は衰え始め、食事はそんなにとっていないので太りはしないが筋肉が落ち始めている。

(…俺、こんなんでいいのか…?)

自分の人生に疑問を持ち始めた瞬間、足に何かが乗っかった。
ふわふわとして暖かい。


「…うさぎ?」


全体的に白色の毛に包まれ、目元はパンダのように黒くぶちが付いている。
随分可愛らしい子うさぎだ。
動物好きの西條は思わず顔が綻ぶ。

「すみません!すみませんっ」

もそもそと動くうさぎを眺めていると、1人の少女が慌てふためいて駆け寄っていた。
手に持っているのはウサギ用のリード。
どうやら飼い主らしく、西條の足元で蠢いていたそれをふわりと抱き、平謝りを続けた。

「大丈夫ですか、噛んでないですか!」

「…いや、それはねぇけど…」

「よかった!」

やっと顔をあげた少女は、太陽のごとく笑顔を向ける。

西條の、こころに光が差し掛かった。

そのつかの間、少女はひとつ会釈し、元来た道をリードをつけたウサギと共に駆けて行った。
その姿が消えるまで、西條はぼんやりと見つめ続けた。

- 32 -


[*前] | [次#]

〕〔サイトTOP


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -