二度のさよなら
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「瑞樹はね、地元でも有名なほど、よく出来た子だった。
こんなスナックのママの私でさえ知ってるほど」
まぁ、単に私がカッコイイ仔が好きだからだけどね!なんて冗談を挟みつつ、西條の過去を話し始める。
ゆづきは薄っすら微笑みながら、新しいカクテルを造る。
自分は飲まないはずなのに、何故だろうかと祐樹はぼんやり見つめた。
綺麗な虹色。
きらきらと氷が輝いて、まるで星のよう。
しかしそれはくるくると掻き混ぜられてしまった。
その間にも、ゆづきの話は続く。
「頭も良くて、部活も県大会で上位。
そのうえあの容姿。モテモテよ、とっても」
「…そうなんですか」
凄いなあ、と祐樹はヒーローだった西條を思い浮かべ思わず笑みを浮かべた。
普段、自慢をしない人なので、そのようなことを聞くと嬉しいのだ。
そんな祐樹の微笑を見て、ゆづきは確信したように笑みを浮かべた。
「瑞樹はね、実は獣医になるのが夢だったのよ。素敵でしょ?」
「うそ!?」
あまりの驚愕的な事実に、祐樹は思わずまたオレンジジュースを散布させた。
同じ失態に恥ずかしながら謝り、またおしぼりで拭きながらも、そんな風に見えないのにと呟く。
確かに西條はよくペット用品の補充を念入りにしていたな、とは思うが、犬猫を可愛がる姿はまるで想像できない。
しかも白衣を着ている姿など、祐樹は想像すると何だか面白くなってきた。
「でも、なんでそんなこと?」
やっぱり西條の思い人なのだろうか。
ちょっとだけ祐樹の心にもやもやと煙が浮かぶ。
「うふ、私若い子好きなのよ!
…残念だけど、瑞樹は年上好きじゃあなかったけどね」
はあ、と大げさにため息を吐くゆづき。
どうやら西條の思い人ではないらしい。
祐樹が納得していると、ふと疑問が生じた。
そんな成績も良くて努力家ならば、どうして獣医にならなかったのだろう。
疑問の視線をぶつけると、ゆづきは躊躇いながら口を開いた。
真っ赤なルージュが、てらてらとネオンの光で揺らぐ。
「…瑞樹の大学が決まって、数日後かしら。
お父さんとお母さん、事故にあって亡くなったの」
オレンジ色の世界が、一瞬にしてモノクロームに包まれた。
両親が事故で亡くなる、ということはあまり聞かなくても世界にはありふれたこと。
けれども、大学入学前にそんなことになれば西條が大学に行けなかった予想はつく。
しかし、最後の望みである親戚や奨学金制度は?と思うが、結果からして別の予想が生まれる。
獣医になるためには、6年制大学に行かなければならないのだ。
そんな大金を保証してくれる親戚もいなければ、恐らく奨学金制度に加入していなかったのだろう。
それでも、そういった条件で貸し付けてくれる奨学金もあるし、寮に入ればなんとかなったんじゃないか。
祐樹はそう言おうとしたが、言えなかった。
家族を失う悲しみ、これから1人で生きていかなければならない重圧。
ましてや、自分自身をしっかりと支えなければならない。
全てが、急激に彼を支配したとしたら?
「瑞樹の祖父母も寝たきりと老人ホーム通い…瑞樹の父さんに兄弟は居なかったし、瑞樹がお金を出さなければならない状態だったわ」
「…そんな、」
今の彼からは想像できない重圧に、
祐樹はただただ、震えることしか出来なかった。
それでも、彼女の話は続く。
なぜ話してくれるか分からないまま、祐樹は耳を傾けた。
一言一句逃さず。
遠くでネオンボールがくるくると動き始める。
しっとりした雰囲気を楽しむように、周りの客は他のホステスと静かな会話を楽しんでいた。