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祐樹の通う高校の近くには商店街がある。
クリスマス一色で、それこそカップルや家族連れが沸いて、男1人など浮きまくってしまった。
逃れるようにバスに乗る。
課外を終え、1人帰路に着く様はとても空しい。
本当ならば雄太も居たはずなのだが、彼は彼でなんとか大健闘し、航と遊びに行くまでにこじつけられたらしい。
それを邪魔するなど野暮以上なものなので、祐樹は1人で自宅でのんびり過ごすことに決めたのだった。
課外が忙しいなど、ウソ。
2年の冬の課外はそれほどハードでは無いのだ。
ましてや質素な生活をしている祐樹にとって、勉強以外の娯楽はあまり無い。
しいていえば、たまにバイト代から自分の小遣いで煙草や雑誌を買う程度。
その中の煙草を吸いながら、祐樹はぼんやりと駅のベンチに座る。
やっと夕焼けが満ちてきたばかり。
家に帰れば、きっと祖母が夕食を用意しているだろう。
しかし、やるせない心が胸いっぱいでお腹が空いていないのだ。
ぷかぷかと煙草の煙が舞う。
(…今頃、楽しんでるだろうな)
今日はクリスマスのため、店長やパートの方々が気を利かせ、若い人たちは休みにしてくれたのだ。
実際、西條を始め、航とひよりも休みになっている。
…祐樹も、である。
いっそ出勤だったら良かったものを。
そう祐樹が落ち込み始めたその時。
「あら!学生さんなのに煙草吸ってるー」
「ひっ!?」
黄色い声よりは若干低い声が耳元で嫌に響いた。
そのうえ喫煙のことを大声で言われ、思わずタバコを落としかける。
慌てて支え、傍にあった灰皿に放り込み振り向けば。
「…あ、あの」
明らかに夜の蝶としかいいようのない、30代後半であろう女性がにこにこしながら祐樹の肩を掴んでいた。
驚きと恐怖に身を固めていると、女性は喫煙のことなどどうでもいいのか、カラカラと笑って祐樹の腕を掴んだ。
意外に女性というものは力が強く、祐樹はあっけなく引っ張られ、自宅とは逆方向に連れて行かれた。
その方向は、居酒屋やパブが並ぶ裏道。
まさか売られるのではないか、祐樹の脳内が一気にフリーズする。
「ど、どこに連れてくンすか!?」
「まあまあ、そんなに脅えないで!あそこのホームセンターでバイトしてる子でしょ?」
「え、はい…」
自分を知っていると分かり、多少安心を覚える。
だがそれが引き金となり、より引きづられ、車に乗せられたのだった。
着いたのは、浅見よりあまり遠くない町並み。
来た事は無いが、位置的に隣の隣辺りだと勘付いた。
祐樹がぼんやりとしていると、また先ほどの女性に腕を引っ張られる。
腕がつりそうになり、慌てて追いつこうと走れば、意外に到着点は近かった。
ネオンが揺らぐは、小さなスナックバー。
「ゆづき」と書いてあるそれを目を開いて見ていれば、また手を引かれて店内に入らされた。
薄暗いそこは、想像以上に普通のバー。
まだ主な客層のサラリーマンは仕事中なのだろう。あまり人が居ない。
それはそれでよかったと思いながら、言われるがままにカウンター席に座る。
煙草の臭いと香水の匂いがいっぱいの中、祐樹はふとカウンターの中にいる女性の顔を凝視した。
先ほどから自分を知っていて尚且つぐいぐい引っ張ってくる。もしかして、新手のぼったくりなのか。
そう祐樹が疑い始めた頃、
「はい、これ私の奢りね。岡崎君」
「…え、俺の名前…」
「瑞樹からよく聞いているのよ」
「西條さん…?」
文化祭のとき確認した西條の名前。
そのうえ親しげな雰囲気。
もしかして、西條の言う好きな人とはこの人なのではないか。
また、胸を攻撃する氷が増えてゆく。
「一目見てわかったわ、ほんと可愛い子」
「か、かわ…!?」
思わず飲みかけのオレンジジュースを噴出す。
カウンターテーブルに散布されたそれを、近くにあったお絞りで急いで拭きながらも、祐樹の心はひどく動揺していた。
よく西條が話していたイコール彼女の目印は西條から聞いた可愛いの意味。
ぐるぐると思考を絡ませていると、女性はそれこそ可笑しそうにまたカラカラと笑った。
「残念だけど、瑞樹は可愛いとは言ってないわ。生意気とは言ったけどね」
「な、生意気って…」
生意気なところで見破ったのかと思うと、恥ずかしくなった。
祐樹が何なんだとぶつくさ言っていると、女性は真っ赤なルージュで染めた唇を月の形にしながら、
「私はゆづき。瑞樹の昔のセンパイよ」
センパイ、ということは西條は。
「瑞樹は昔ここで働いてたの。青臭いガキだったわぁ」
「…え、どうして…?」
風俗店、ではないがこのような小さなスナックバーで働いていた。
その事実に、祐樹は目を白黒させてゆづきを凝視する。
その顔に、またもやゆづきはカラカラと笑いながら、数個のチョコを祐樹に渡した。
そして、少し目を伏せて。
「瑞樹の昔話、してあげるね」
その睫毛の奥に見える瞳は、キラキラ光ってとても綺麗だった。
けれどその色が、とてもとても悲しそうに、見えた。