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90度はあるだろうか。
深々と頭をさげる小さなひよりは、しきりにすみませんすみませんと謝る。

「本当にすみません2人とも…!何から謝ったらいいか…!」

先ほどとはうって変わって、いつも通りのひよりに戻っていることを再確認し、祐樹は唾を飲んでからひとつ質問した。

「あの、その人は…?」

ひよりに散々ぼこぼこにされておきながら、元気に仁王立ちして祐樹と西條を睨みつける男。
よくよく見れば見た目は明らかに不良そのもの。
ピアスを開けたりはしていないようだが、その目つきと着崩した制服はもう。

すると、

「あの…私の幼馴染の赤井晃一です…ほら、アンタも謝ってよ!」

「…すみませんでした…でも!アンタらひよりに手を出したらマジぶっとば…」

「その前に私がアンタをぶっとばすぞ」

「…ごめん…」

ギロリ、とくりくりした目が一瞬にして獣のような瞳に変わると、赤井は一瞬にして怯む。
どうやら2人の関係は幼馴染以上ではないらしい。
少なくともひよりにとっては。
行動どころか言動にも表れている赤井の思いに、祐樹は同情を覚えた。

ひよりも何とか赤井に説明を終え、頭を下げさせた。
西條も学生相手、尚且つ盗難や強盗目的ではないため特にお咎めなしにする。

「アタックもほどほどにしろよ」

そうため息を吐いて、西條は一足早く車に乗り帰っていった。
と、言ってもただ3人の家がここから近いだけなのだが。

今日はひどく疲れる日だな、と祐樹がため息を吐きながら帰ろうとしたその時。
思い切り腕をひかれる。

突然の衝撃に驚きながらも体勢を立て直せば、直ぐ傍にはひよりの顔。
まだ好意が残っている祐樹の胸がときめく。
だが内容は、

「どうしましょう…!絶対西條さんに嫌われちゃいましたよぉ!」

恋する乙女の恋愛相談だった。
そうだよな、と祐樹が半ば諦め納得すると、ひよりは返答の無い祐樹に困り思わず揺すぶる。
どこにそんなバカ力があるのか、軽く脳震盪を起こしそうな祐樹は何とか力を振り絞って口を開く。

「だ、大丈夫だと思うよ…その、なんか、不良なの知ってるみたいだし…」

「私不良じゃないです!元チーマーの頭だっただけです!」

「ひぃ!?だけじゃねえよそれは!」

不良より恐ろしい現実に祐樹は肩を震わせた。
そういえば中学のとき、同い年くらいの少女が不良を片っ端から潰していると雄太から聞いていたが、まさかその本人を目の当たりにしているとは。
気を失いそうになるが、今は違うのだろう。
人間更正が大切だ、などと祐樹が混乱していると、ひよりの力が弱まってきた。

眉尻が下がり、大きな瞳に涙が薄っすらと浮かぶ。

そして、


「私、…こうちゃんがいじめられっ子だったから、強くなって守ろうと思ったんです。だからってチーマーはさすがにいきすぎたと自分でも思うンですけどね!
…だから、大人の人はみんな敵で…でも、西條さんは私のこと怒ったりなんてしないで、ちゃんと話も聞いてくれたんです…嫌われたくないンです」

淡々と、話すひよりの表情は、慈愛と苦しみが混ざっていた。

ふわり、と冬の風の香りが鼻腔を擽る。
祐樹はその冷たさに目を細めながら、ため息を吐いた。
ゆっくりと昇る白い息に乗せて、彼は思う。



(…西條さんの言った通りかもしれない)



彼女にとって自分など眼中に無い。
ましてや自分に彼女を受け止める自信も無い。
それまでの運命なのだ。


祐樹は鞄から財布を取り出し、大事にしまってあった一枚の紙を出した。
可愛らしいピンクの文字でかかれたそれをひよりは思わず朗読する。

「…1日招待券…?」

「これ、西條さんも持ってるンだ。
…ほんとは、
クリスマス暇だから行こうって言われたンだけど、俺課外が詰まってるし…行っておいでよ」

また、祐樹の胸の辺りが痛み出す。
それを受け取ったひよりは、嬉しそうに笑顔になるのだが、一向に晴れない。
ひよりのことは諦めているはずなのに、なぜか更に曇るこころに祐樹は眉を顰めた。

「じゃあ先輩、さよなら!」

「うん、じゃね」

楽しそうにスキップで帰ってゆくひよりを眺め、祐樹は夜空を仰ぎ見る。
冷たい空気のせいか、鼻の頭が痛んだ。

ふと、遠くで声が聞こえる。
それは赤井の声だった。


「…あんたは、それでいいンすか?」


何に気付いているのか、何がいいのか。
多分それは祐樹にはわからない。
それでも、いじめられっこだったがために人の心に敏感な赤井は続けた。

「俺は、ひよりよりあんたのが行きたそうに見えたんだけど」

その言葉に、祐樹は一言一句も返さない。
ただ、手を振った。

横に。

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